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tab_star2005/09/02tab_endVividMusic
CHIEF EDITOR’S COLUMN 3 〜 渡辺美里さんのこと
8 月 6 日、渡辺美里さんの 20 回目の西武ドームライブ「渡辺美里 V20 スタジアム伝説〜最終章〜 NOSIDE 」に行ってきた。美里さんと初めて会ってから 21 年。いつも変わらず背筋の伸びた気持ちのいい女性だ。20 年間スジを通し続けることの難しさを克服した彼女に心から感動し拍手を贈りたい。

文=津島健太(VividCar.com 編集長)
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tsushima-SS.jpgicon_home津島健太
[VividCar 元編集長・フリーライター]
現在は「港未来シンジケート」代表としてのインディーズレーベルやイベントプロデュース業と平行して、JMS日本モータースポーツ記者会、ナンバー付きVITZレース1000c.c.CUP 代表、vivid car .com 編集長、作詞家、旅のライター等々イカゲソ並みの数の鞋をはいている。
ハートとビートのおもちゃ箱

自分の経歴を書かずに Vivid Car の編集長としてこの話を書くとあまりにも唐突なので、少しだけ書いておこう。僕は学生時代から TV やラジオで製作や構成の仕事を始めた。もともと音楽が好きで、当時はまだ関東に NHK と FM 東京しかなかった時代だったが、なんとか音楽の仕事がしたいとそれなりに頑張りつつ幸運も重なって、FM の音楽番組の製作に 25 年以上関わってきた。最初からフリーランスの道を選んだのは、学生のうちに普通なら就職してから学ぶ基礎をある程度身につけ、今さらという思いがあったからかもしれない。根拠のない自信は若者の特権だ。在学しながらもすでに忙しくなってオフィスケンタという製作会社を立ち上げた。FM 最初の仕事で AD の頃お世話になった糸井重里さんから「立派な零細企業になれる名前だ」と笑われた。学生起業家のはしりというよりはフリーターのはしりだったのかもしれない。そんな男がなぜ今 Vivid Car? となると話がややこしくなるのでそれは別の機会に。

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20 年目の西武ドームライブ「渡辺美里 V20 スタジアム伝説〜最終章〜 NOSIDE 」
みさっちゃんを「さん」づけで呼んだ(書いた)のは今回がはじめてかも。大人の編集長ですから。




当時白井貴子さんのマネージャーだった関野一美さん(デビュー以来今も美里さんのマネージャー)は、僕と同い年で甲子園優勝経験もある某有名校の野球部出身。温厚そうでいてはっきりした性格と、そこはかとなく見せる不良の匂いが同居していて、白井さんの頃から僕は彼と仕事をするのが好きだった。そんな彼が白井さんを離れて新人を担当するので紹介したいと言う。全面的に信頼していた彼が「わけもなくすごい!会えばわかる」と言う。最初に美里さんに紹介されたのは、デモテープを作っていた六本木 WAVE スタジオ。彼女はまだ高校生だった。その後 1 年ぐらい美里さんと毎週のように会う機会があり、FM 横浜が開局するにあたって僕はできたばかりのレコードジャケットを見せてプロデューサーにこう言った。「わけもなくすごいんです!! 」。ヘッドフォンでその曲を聴いた名物プロデューサー水野さんは涙を流してこう言った。「うん、わけもなくすごい」。そうして未知数のデビュー前にも関わらず番組が決定した。企画書など必要なかった。

1985 年 12 月 20 日。FM 横浜開局の日に「渡辺美里のノーサイドステーション」という 2 時間の生放送がスタートした。番組コンセプトはティーンエイジャーらしく「ハートとビートのおもちゃ箱」。コーナーは一切なし。良いことがあった日も、嫌なことがあった日も、元気な時も疲れている時も、その日のありのままの渡辺美里を電波にのせた。美里さんにはディレクターとして必須のヨイショも作り笑いも一切しなかった。キューも振らずにアイコンタクトだけで 2 時間成立させたこともあった。これは野放しという意味ではない。番組前の選曲、打ち合わせはかなりの時間をかけた。番組だけに集中する環境さえ整えば他に何もする必要なかったということだ。これまで特番も含めるとのべ 200 本近い番組を製作してきたが、それが出来た唯一の DJ だった。

ラジオの時代

僕らの世代はローティーンから糸居五郎さんや亀渕昭信さん、今仁哲夫さんなどのオールナイトニッポンと、FEN から音楽を学んだ。まだおこずかいで簡単にレコードが買える時代ではない。レンタルレコード店の第一号は仕事として取材するほど後の話だった。ラジオから流れる未知の音楽に触れることは刺激に満ちあふれていた。

生放送と録音番組の違いは、同じ時間に同じ空気を吸っている緊張感だと思っていた。時間は消化するのではなく、共有するものなのだと。おもしろくコーナーを消化できる DJ はいても、何時間も緊張感を持続できる DJ がビートたけしさん以来いなくなっていた。ましてや音楽がメインの FM は当時英語放送が一種の流行で、英語ができるだけのリズム感や緊張感のない DJ が横行していた。渡辺美里さんならば生放送ができる、と思った。高校生でありながら最初から「わけもなくすごい」声とオーラを放っていた。その番組は作り手としては緊張の連続だった。番組は歴史的な聴取率を得て、水野さんにも恩を返せた。その後 FM 東京の「風になれたら」「虹をみたかい」も担当し、デビューからほぼ 10 年、美里さんの番組ディレクターをつとめた。

変わらないもの

多くのロックンローラーがそうであるように、僕自身、自分がずっとティーンエイジャーの気持ちを理解し続けられるものだと思っていた。自分はティーンエイジャーの抱える悩みと焦燥感や、エネルギーと疾走感を音楽番組というフィールドで表現し続けるつもりでいた。そして、その理解者であり続けられるものだと。少なくとも 30 代前半まではそれでいられたような気がする。今でも確かに普通の同年代のよりは懐古趣味もないし、あらゆるジャンルの新譜も聴く。良いものは良いと思える。しかしそれは理解であって創造ではない。

誰もが成長するとともに多くの経験を積み、環境が変わり、現実というウスノロに惑わされていく。経験は時には理屈となって人生に言い訳を与える。そうして人は理屈というサングラスなしに街に出ることがめんどくさくなる。「わかってるんだけどさー」とか言いながら。同様に、ミュージシャンをはじめとする表現者は徐々に受け手と自分の感性のバランス関係が崩れてくることに気がつく。そしてスランプに陥ったり、環境や創作コンセプトを年齢を重ねたファンと自分に同調して変化させるケースが多い。常に変わらない自分にプライドを持ちながら、ずっとそこにはいられないことに本人が一番揺れてしまう。気がつけば新しくない新しい自分をみつけてしまい、後ろを振り返る。

渡辺美里さんが表現している世界観は、喜怒哀楽といった顔で表現できる感情ではなく、「恋することのもどかしさ」や「限りある現実のはかなさ」というような「せつない」「もどかしい」「いとしい」「やるせない」「はかない」内側の燃えくすぶる心の起伏が根底にある。そういった発散できずに年齢を越えてくすぶり続ける感情を、実にシンプルにさりげなく見える原風景や恋に置き換えて 20 年の月日を経ても一貫して表現し続けている。それはわかっていながらも受け手である僕たちは、日々鎧を身にまとい、そういう純粋さが純粋であるがゆえに重く感じることもある。単純に考えても 20 年前 15 才で番組に毎週はがきを送ってくれたリスナーも今は 35 才。人生の倍以上を経過して受け止める渡辺美里さんの波長をどのように感じているのだろう。

20年目の結実

西武ドームで行われた 20 年目のライブはグラウンド、スタンド、さらにスタンド上通路の立ち見スペースがびっしり埋まる完全 SOLD OUT 。今になってライブの模様をレポートするのはいろいろな意味でナンセンスなのでやめておこう。20 年前といえば、スタジアムライブが流行りのように始まった時期、その後バブルとともに、それほどスペシャリティのない時代になる。バブルがはじけ、今はホールライブをやるなら大型ライブハウスでスタンディング形式にした方が効率が良いという時代。ソロアーティストがデビューから 20 年連続でスタジアムライブなど常識では考えられないし、他の誰も考えようとはしない。僕自身、毎年お誘いをいただいていながらも、モータースポーツの抜けられない仕事が重なってしまい、何年も来ることができずにいた。

デビューから 20 年の歩みを、何の迷いもなく歌い上げる美里さんを見ていて、おそらくこれまでその切り取られた一部だけ関わった関係者やファンの多くがそうだったように、胸に突き刺さるものがあった。音楽を通じて表現してきたものは、前述した通り一貫していているがゆえに世代を選ばない。それが今でこそ渡辺美里さんの一番の強みとなっている。20 年という月日は、10 年目よりも 15 年目よりもより素直に現実に捕われずに、若き日の想いを受け止められるものだということを知り、この 20 回目の西武ドームライブの意味を実感した。世代を選ばない感情表現は、青春の気恥ずかしさとともに見事に心を揺さぶるパワーをもっていた。それ以上に渡辺美里というアーティストが、これを 20 年も信念を持って続けてきたということの重さに感動を覚えたのだ。皆さんも自分の 20 年を思い起こして欲しい。社会も経済も自分自身も、それを取り巻く環境もどれほど変わっただろう。その 20 年の間、ずっとスタッフの信頼を得つづけて、毎年同じ、しかもとてつもなく大きな場所で 1 つのことを成し遂げるために歩んできた道のりは、これはもう本人の力以外の何ものでもない。これが 10 年ならば勢いさえあれば他の人でもありえる話だ。11 年目から 20 年目の 10 年間の意味は美里さんをしてもまったく違うものだと思う。ファンのパワーや美里さんの努力はもちろんのこと、意地も忍耐も焦燥も勝手に想像し、誰が見ても大人になってしまった子供っぽい僕たちは渡辺美里さんのスジの通し方に感動し、その音楽に拍手した一夜だったのだ。

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打ち上げでゲスト出演したギタリストの佐橋佳幸クンと久しぶりに再会。人に幸せを与える笑顔の持ち主。美里さんをはじめ数多くのミュージシャンのアレンジ、サウンドプロデュースを手掛けている。小田和正さんの「ラブストーリーは突然に」のイントロ『チャカポーン』とはじまるギターは佐橋クンならではのサウンドかな?




ライブ終了後の打ち上げ会場には、かつてとんでもなくやんちゃだったスタッフが「部長」「取締役」「社長」と肩書きのついた名刺を 20 年前と同じやんちゃな顔で交換して旧交を暖めていた。そんな中「 10 Years 」の歌詞を引用して「あれから 10 年、この先 10 年と歌ってきたらその 20 年が過ぎてしまいました。」とあいさつをした美里さんが誰よりも大人に見えたのが印象的だった。余談になるが、コンサートのインターバルでジャンボトロンにかつて美里さんに関わったミュージシャン、スタッフの名前が大きく映し出された。その時間だけはノルタルジーを感じて見ていたのだが、Special Thanks として僕の名前が目に入った時はさすがにグッときた。それも思えば大人の美里さんの義理堅さなのかもしれないが、こういう気配りはめったにされたことがないので素直に感謝。良い想い出にさせてもらった。そんなスタッフとしての関係で言うならば、「この先あと 10 年、もう一度『みさっちゃん』についていってみようかな」、「それでもいいけど無理に来なくてもいいよ」というアイコンタクトを美里さんと握手をしながら交わし、その瞬間の微妙な距離感、その感じがとてもドライで心地よい再会となった。

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渡辺美里さんのオフィシャルサイト
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佐橋佳幸さんのオフィシャルサイト
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粗にして野だが卑ではなし −編集前記-
梅雨のまっただ中。雨降る銀座四丁目交差点。永山さんと数年振りで会った。お互い様変わりした腹をちらっと見据え、「やばっ」という言葉を飲み込み無言で入った喫茶店。
その数日前に2,3度メールのやりとりはあった。そういえば永山さんと出会って10年近くなるのに、電話番号を一度もメモリーしたことがない。そういう人だと自然に思っていた。電話で会話しない人。メールの饒舌さと反比例して電話が苦手な人がIT関連の人には多い。ライブドアのニュースを散々見せられた後だけに、堀江社長と永山さんとイメージが重なっていたのも事実だ。後からわかったことだが、それは事実ではなく、携帯も、僕と同じ機種、色の携帯を持っていることも判明した。つまり、それぐらい会っていなくて、イメージが先行するまでになっていたということを言いたいだけなのだが。その永山さんが突然「VividCar の編集長をやりませんか?」と切り出した。これは事件だ。

津島健太
VividCar 新編集長のご紹介
第二世代VividCarを目指して、編集長が替わります。2001年4月に創刊したVividCarも5年目を迎えることが出来ました。インターネット時代の新世代Webマガジンを目指して来ましたが、膨大なコンテンツ資産をさらに生かしていくことを目標に新編集長、津島健太をご紹介します。

1987年_ニューヨーク
1987 年のニューヨーク PART 2
僕がニューヨークで生活したのは 1987 年。そんな当時のニューヨークの話をニューヨークカルチャーの全盛期の 80 年代初頭と、テロに揺れた 21 世紀の話とともに数回に分けてしましょう。
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