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tab_star2006/02/22tab_end編集部より
作詞という仕事〜詩と歌詞
作詞家と言えるほどの作品を残しているわけではないですが、作詞家という肩書きがたまにつきます。最近では先日最終回を迎えた NHK のアニメ「雪の女王」の挿入歌を作詞して、劇中で流れ CD や DVD も発売されています。そうは言っても僕は詩人ではありません。歌詞と詩は基本的に違うからです。そんなお話です。

文:津島健太(VividCar.com 編集長)
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tsushima-SS.jpgicon_home津島健太
[VividCar 元編集長・フリーライター]
現在は「港未来シンジケート」代表としてのインディーズレーベルやイベントプロデュース業と平行して、JMS日本モータースポーツ記者会、ナンバー付きVITZレース1000c.c.CUP 代表、vivid car .com 編集長、作詞家、旅のライター等々イカゲソ並みの数の鞋をはいている。
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作詞という仕事〜詩と歌詞

自分で言うのもなんですが、国語だけは得意でした

仕事として作詞をしてレコードがリリースされたのは、たぶん 25 年ぐらい前。作詞そのものは高校生の時にバンドをやったりしながら、ヤマハのポプコンに関係していた頃かな ? ギターを弾いたりバンドをやったりという活動は大学受験とともに何の抵抗もなく辞めてしまったけれど、その後音楽を仕事にした事を考えると、「音楽は好きだけれど、人前に出て何かするのは好きじゃない」というのはその時から始まっています。今でも音楽の仕事は続けていますし、昨年 95 年はゴスペル界の No.1 グループ、亀渕友香 & THE VOICES OF JAPAN の全国ツアーをプロデュースしました。

ゴスペルが好きなら歌うこと好きなんでしょう ? と聞かれますが、ぜーんぜん。人前で歌うなんてとんでもない。それどころかカラオケが大嫌いで、今だにカラオケ屋に一歩も足を踏み入れた事もありません。飲み会の 2 次会がカラオケになったら「宗教上の理由」(無宗教)か、「父の遺言」(存命)か、どちらかの理由で断り続けています。

もともと文章を書くのは子供の頃から得意な方で、と、言うよりは子供の頃の方が今よりも比べものにならないぐらい得意で、作文に関しては小学校の時から何らかの賞をもらうのが当たり前でしたし、国語だけは常にトップでした。当時の文集に載った作文を読むと、幼い時ほど自分で読んでも今よりも全然すごい。なんで今はこんなに凡人になっちゃったのかなあ、と落ち込むほどです。全国模試でも 100 番以下なんてとったことがなかったけれど、理数系が全然ダメで全体的にはさして成績が良いわけではないのに「泣かせる文章を書く」という理由で、卒業式では小、中、高と続けて毎年のように送辞や答辞を読んでました。

高校生の頃からヤマハに出入りしたのも、バンドをやりたいからではなく、ポプコンというオリジナル曲を競う舞台で作詞がしたかったけど、演奏しなきゃ入れなかったからだろうなあ、と今になって思います。

何か音楽ともの書きと両方かかわれる仕事がしたいなあ、と思っていた時に、クイズ番組の問題製作のバイトをするようになって、「文学歴史の 10 ! 」(クイズ・グランプリ)とか、「ウルトライントロ、ドン ! 」(クイズ・ドレミファドン)とか問題を書き始めたのが大学 1 年の時(知っている人はかなり古い)。でも、これは音楽じゃないだろ ? と思ってたら FM の仕事ができるようになって、その流れでミュージックライフなどの音楽誌や、アーティストの写真集やツアーパンフレットに書くようになってと、音楽と物書きが仕事になっていきました。

作詞という仕事〜詩と歌詞

作詞をはじめたきっかけ

いわゆる職業作詞家と呼ばれる人たちは、ほとんどがいわゆる作家事務所に所属しています。週に何本もこなすには、それだけのコネクションと才能が必要です。僕自身は FM の仕事に夢中でしたし、書くということ、それも音楽評論以外の創作をしたいという欲求は 22,3 才の頃からラジオドラマの脚本や、全日空の「翼の王国」や日産自動車の「日産グラフ」などの企業広報誌の仕事で解消できていました。

その頃、泰葉さんという、林家三平さんのお嬢さんでもあるシンガーの番組を製作していました。林家一門とのおつきあいは、楽しい話がたくさんあるのでまた別の機会に。 80 年代初頭にニューヨークに行ってカルチャーショックを受け、帰ってからすぐラジオ番組の中で日本語ラップのリリックを書いて DJ にトライさせたり、既存の曲を使って番組限定のリミックステープを作ったりしていました。

いとうせいこうさんなども同じような活動をはじめた時期です。泰葉さんとも番組中遊び半分でそんなことをしていたのですが、たまたま、いとうせいこうさんをプロデューサーに迎えレコーディングをすることになり、ラップを入れたいので詩を書いて欲しいという話になりました。

泰葉さんの「 Chance は Cute に Goodbye 」という曲のラップリリックスが、僕のレコード化された始めての作詞となりました。もう 25 年も前のことです。その時のコーラスが泰葉さんと同じ事務所だった少女隊というのも時代を感じます。

その後、 FM 横浜で書いていたモノローグドラマがきっかけで、 EPIC ソニーの伊豆田洋之さんや、バイオニア LDC の KATSUMI さんなどの詩を手がけました。ここ 2〜3 年では、鈴木雄大さんと、 NHK のアニメ「雪の女王」の挿入歌を書いています。

作詞という仕事〜詩と歌詞

職業作詞家と作詞する人

僕に歌詞の依頼をする人は、基本的に僕の事を知っていて、僕の作品に興味を持ってくれた人に限ります。他の仕事で御一緒して「作詞しない ? 」と声をかけてくれた人たちです。そういう人はたいてい自分で作曲もするシンガーソングライターです。もともとおつきあいがあるのですから、アーティスト本人と直接話しあってコンセプトを一緒に考えたり、直しが入る時でも直接話し合います。お互いの関係をイーブンに保てる人たちです。

たまたま歌詞を読んで、何の面識もないのに依頼されたことも何度かあります。そういう時、職業作詞家と呼ばれる人の仕事の仕方を体験しました。

まず、たいていの作詞家は、若いうちは音楽出版社や作家事務所に売り込んで契約をして、そこの事務所の仕事としてオーダーを受けます。大ヒット曲を書いてフリーで生活できるようになれば別ですが、数をこなさないとメシが食えないうちは、事務所に所属しないとそうは仕事がやってきません。また、ヒットメーカーの作詞家でもたいていレコード会社のディレクターや TV プロデューサー等、仕事を断れないボスのような存在の庇護の元にあります。僕のようにどこにも所属しない人間にそう声がかかるものではありません。ましてや売れっ子になって 1 日に 2 曲も 3 曲もなんて到底書けるものでもありませんから、そういう道を考えたこともありませんでした。そういう庇護の元では仕事はそこそこきますが、精神的にも肉体的にもかなり消耗することを覚悟しなければいけません。たいていの場合は仕事を選べないですし、自分の書きたいものなど必要ない、とバッサリ切られます。クライアントが求めているものを書くのが職業作詞家たる所以なのです。

よほどメジャーにならない限り、ミュージシャンと会話する機会もあまりありません。スタジオに立ち会うことはあっても、それは直しのために一晩中待機するだけのことです。僕のように、友人関係で成立する仕事との決定的な違いは、誰に向かって書くのか、ということです。レコーディングはサウンドプロデューサーという音作りの専門家が製作を仕切ります。アレンジャーを兼ねているミュージシャンがほとんどです。その他にサウンドだけではなく製作予算の管理からミュージシャンやスタジオの手配、ジャケットの製作等 CD 製作全般を金銭を含めてマネージメントする原盤製作ディレクターや、宣伝や営業までを統括する A&R という人(昔で言うプロデューサー)等がいます。

サウンド面ではサウンドプロデューサーが中心に製作されますが、作詞に関しては原盤ディレクターが集めて決定することが多いです。職業作詞家は、歌手本人ではなくクライアントであるディレクターが納得するための作詞をすれば良いのです。「この詩、絶対××さん(歌手)気にいると思うんですよ」とか「今の時代こういう歌が世の中に必要」とか、そんな余計な考えは必要ありません。ディレクターが気に入れば良いし、気に入らなければ NG 。それだけです。たまに歌手の人が歌いたくない、とかゴネることもありますが、それを説得するのは作詞家の仕事ではなくスタッフの仕事です。それぐらい割り切らないと、大量生産はできません。

僕のようにアーティストから直接、お互いを知った上で頼まれる場合は、 1 か月かけても売れなければ印税 1 万円で終わり、なんていうこともあります。クリエイティヴな反面時間もかかり、仕事も複雑です。

作詞と詩は違う ?

大江千里さんがかつて「ひとつのメロディーにはひとつの詩しか当てはまらない」と言っていましたが、実際そうでないのかもしれませんが、それぐらいの思い入れで作詞をします。

作詞には詩先(しせん)と曲先(きょくせん)と呼ばれるものがあって、詩が先にあってそれに曲をつけるものが詩先。その逆が曲先です。フォークソングや演歌はほとんど詩先です。曲先の場合、作曲家、特にシンガーソングライターがテープや MD にハミングや、でたらめの英語で思いのままに歌った曲が届けられ、それを聞いて詩をあてはめるものです。 80 年代以降のシンガゾングライターはこのパターンが多いですね。僕の場合も今までほとんどが曲先でした。最近は家でコンピューターがあればレコーディングができる時代ですから、デモテープである程度のアレンジまで出来上がっているものが多く、イメージが作りやすくなりました。

詩というのは、言葉の美しさ、行間の深さなどあくまでも言葉だけで成立さらせるものです。しかし、歌詞はそれに加えて言葉のノリ、歌いやすさなども求められます。歌手によってサビの頭で声を張る所は母音が「ア」が得意な人もいれば、「オ」が得意な人、まったくこだわらない人もいます。僕の書いた人の中で、言葉の頭に「ツ」がくると歌いにくいからツで始まる単語は全部 NG 、というオーダーをした人もいます。

洋楽で育った人はでたらめの英語でデモテープを作ってくる人がいます。その場合、でたらめとは言え、体の中から気持ちよく出て来る言葉で歌っているのですから、必ず何らかの傾向があります。例えばサビの頭はサ行とか。そういう所見つけてサ行の言葉で統一してあげるとたいていその歌詞は歌いやすいと喜ばれます。

また英文はでたらめでも、使っている単語が寂しい言葉が多いとか強い言葉が多いとかも参考になります。そういう意味ではニュアンスをつかみやすくて、ハミングで歌ったデモテープよりは書きやすいです。

また、洋楽世代のでたらめ英語は 2 文字の言葉が多い。 TAKE IT とか MAKE IT といった言葉ですが、日本語だと2文字しかはまりません。この 2 文字の連呼をどうクリアするかは、いつも非常に悩む所です。それらを意識しないで書くと、歌い手と直接やりとりする作詞はたいてい直しが入ります。

また、同じメロディーで 2 コーラス、 3 コーラスとくり返されるわけですから、 1 コーラス目との語彙や言葉の響きの兼ね合いも必要です。例えば「ありがとう」と「さようなら」は同じ 5 文字でもイントネーションが違います。それを同じメロディーにはめるのは、言葉の必然が無い限りどちらかのコーラスが不自然な響きとなります。言葉のノリが悪いというやつです。でもこれは、詩先の曲には珍しくないことです。

逆に曲先の場合、メロディーのイントネーションと日本語のイントネーションが食い違っていても、メロディーと歌詞のノリが良ければ OK という面があります。洋楽的に聞こえれば、です。古くははっぴいえんどが日本語でロックをはじめた時に壊れなかった壁が、原田真二やサザンオールスターズによって、明らかに曲先の英語のノリで作られた曲につけた日本語詩の言葉のノリが、「非常識だけど洋楽的で新鮮だ」と言われたあたりからそれまでの詩の常識がくつがえされ、歌詞と詩が分離されました。

そういう制約の中で、 2 つとない言葉をつむきだすのが作詞です。その点で詩とは全然違うのが歌詞です。制約はあるものの、できあがった時の快感は格別です。歌詞を書く時は何 100 回も自分で歌って言葉のノリを確認し、その上でひとつのメロディーにたったひとつしかあてはまらないと信じられる言葉や表現の美しさを追求するマルチな仕事です。とても 1 日に 2 本も 3 本も書ける仕事の仕方ではありませんし、歌い手とコミュニケーションなくしてできる作業ではありません。そのためには歌い手からつまらない書き直しを指示されないように、前述のイントネーション選びをクリアしておくのです。それでも書き直さなければならなかった時でも、そうやってクリエイティヴな快感を知っている作詞家は「元の歌詞の方が絶対に良かった」と 10 年たっても思い続けているはずです。

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