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tab_star2001/10/29tab_endTVRとは
TVR との出会い
人とクルマとの出会い
TVR というクルマを知ったのはいつのころだったろうか?
それは多分英国スポーツカーを特集した本か雑誌の中で見た記憶がある。だが、それほど覚えないということは、さして興味を惹かなかったのだろう。もとより、英国スポーツカーと言えば、それはジャガーでありアストンマーチンであるからだ。
おっと忘れてはいけないミニがあった
文・写真:永山辰巳
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永山辰巳icon_home永山辰巳
[VividCar 元編集長]
2006年、VividCarはプロフェッショナルなブロガーを目指します。創刊以来5年を迎え、ちまたのブログサイトとは一線を画するVividCarは、ネットワーク知識編纂をビジョンに確実にコンテンツを増やしながら未来のWebBookメディアを開発してきました。私たちはこれをWebフォトジャーナルシステム呼びます。生涯にわたり記録し続け知識を編纂する楽しみをごいっしょに。
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TVR キミーラ・クラブマン C285(5MT)
車重約 1 トンで、285 ps のローバー製 V8 を積む
当時の価格は、約 700 万円
亜久里氏からの誘い

 数年前の或る日、亜久里さんから電話があり、「明日箱根で面白いクルマに乗るからいっしょに来ないか?それと紹介したい人物がいるから」と誘われれた。
 翌日、海老名のサービスエリアで待ち合わせて、当時 NAVI の企画、「鈴木亜久里の全部書いてね」の連載スタッフと合流した。そして、紹介されたのは、自動車評論家の金子浩久氏である。亜久里さんは、彼の文体や自動車に対する姿勢が好きなのだそうだ。彼が私に金子氏を引き合わせたのは、「きっと将来、永山さんのためになるから」という彼流の直感だったようだ。
 その時の取材のクルマが TVR だった。確かキメーラだったと思うが、パッと見たときのその存在感、忘れかけていたような直情的なデザイン、そしてエンジンをかけたときの発声は、私を一瞬にして虜にしてしまった。
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TVR について感想を述べる亜久里氏。
それを聞き入るのは、現エンジン編集長鈴木正文氏。
思えば、鈴木編集長との出会いはこの日だった。
TVR キミーラとの出会い

 海老名から箱根までの東名高速を走る TVR を見ていて、まさに疾走する馬を髣髴とさせてくれた。だが馬と言うよりは TVR という動物が走っているような不思議な印象であった。つまりそれほど TVR というクルマは、機械ではなくもっとエモーショナルな力を発散していた。

 箱根に着き、さっそくクルマを囲んで論議が始まった。亜久里さんのクルマに対する切り口や寸評は、まるで昨日一日考えていたんじゃないかと思うくらいスラスラとでてくる。それは決して評論とか工学的な分析とはかけ離れていて、彼はいつも作り手の意志を読もうとしている。

 TVR は、彼の目にはとても新鮮に見えた様だった。彼は美しいものが好きで、特に内装にはこだわる。だから TVR の内装には彼は驚嘆していた。中央にぶっとく位置するミッションとドライブシャフトの存在感は、他のどのクルマにもないデザインであり、ほとんどセンターコンソールのない窮屈なダッシュボードに囲まれて、まるで服を着るような感じで着座する。内装はすべて上質の皮で被われていて、継ぎ目は手縫いのステッチで、それはまるで革のスーツのような風合いだ。そして、全く直線のない造形美とスイッチやノブの類いがすべてアルミの削り出しから造られた世界が広がる。わずかな隙間に 1 DIN のカーオーディオを入れることができるが、和製のおもちゃのようなカーオーディオを入れたらすべてが台無しになるじゃないかと思われるほど曲面の調和が素晴らしい。
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この日の取材は、ポルシェ 911 カレラとジャガー XK8
コンバーチブルの合計三台。
私は、この日始めてコンタックスの G2 を使った。
まるで生き物のようなキミーラ

 エンジンルームを開けてみると、そこには現代のクルマが決別した世界が待っていた。
 心臓としてのエンジンが圧倒的な存在感で位置し、その心臓から流れ出る力をクルマの隅々まで伝達する様に、絡み合っている。エキゾーストやドライサンプなど補機類のデザインも何か生き物のそれを感じさせてくれる。

 現代のクルマは、工業製品としてどんどんブラックボックス化しており、エンジンルームを開けてもエンジンの化粧カバーしか見えないクルマすらあるが、TVR は、心臓であるエンジンと周りのすべての部品との調和が息づいているようであり、それらを注意深く接合して生命を与えているような錯覚さえ覚えるのだ。このクルマがまさに手作りであることがひしひしと伝わってくるのである。モノへの喜びがこの一瞬にある、そんなクルマだった。
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取材の途中で現れた巨匠徳大寺氏。
確か、記憶ではトヨタのハイブリッド車をお乗りだった
と思う。
男らしい!

 TVR がスポーツカーとして賞賛を受けているのは、その乗り味にもある。年間の生産台数 2,000 台以下では、クルマの作り方が一般的な手法ではなく、むしろレーシングカーの作り方に近い方法で設計されていることに関係している。

 シャシーは、スチールの棒から巧妙に考え出された構造でまるでジャングルジムのように溶接されて作られる。外観は、FRP という樹脂で型からまるで最中の皮のように成形されて、シャシーの上に乗っているだけなのだ。亜久里さんは、試乗し終えて、こうした手法で造られたクルマがこれほど感激を与えることに素直に感動していた。

「男らしいクルマだね」。
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助手席には本誌でお馴染みの金子浩久氏。
この日亜久里さんから紹介された。
こうして思い出して見ると、鈴木編集長、徳大寺氏、金子
氏、北畠氏らとすべてこの日に出会っていることになる。
それは人との出会いでもあった

 私と TVR の関係はこうして始まった。
 亜久里さんとは、それからスポーツカーをどうやって造るか?どうしたら人々から尊敬を受けるようなクルマが造れるのかを議論し続けることになった。

 金子氏は、その後、中古でグリフィス 500 を手に入れてますます TVR の世界に傾倒していった。
 私はというと、その後何度も TVR 本社を訪れることになり、このクルマと関わることになるのだった。

 この日、箱根で出会ったのは TVR だったが、鈴木編集長、徳大寺氏、金子氏、北畠氏らとすべてこの日に出会っていたのだった。 TVR を思い出してみたら、人との不思議な縁が思い出されて、今日私の VividCar への軌跡はこの時から始まっていたのかもしれない。


次回は TVR 本社、工場についてを回想しよう。
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TVR_Chimaera_M
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TVR Chimaera
ベーシックグレードながら強烈な存在感
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PORSCHE_911 Carrera_SPORSCHE 911 Carrera
JAGUAR_XK8_SJAGUAR XK8
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TVR日本総代理店
http://www.autotrading....
2002 年 2 月から、オートトレーディングルフトジャパンが日本総代理店となりました。
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TVR 訪問記
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TVR 本社を訪ねた
私は、その後 TVR 本社へは何度か足を運んだ。最初は、ある人の付き添いというか、アドバイザーとして同行した。去年(2000 年)の春先だったと記憶している。
英国スポーツカーを創り出している TVR。初めて訪ねて以来、その印象はさらに素晴らしいものになってきている。
そうだ、今の私にはもっとも興味深く、そして気になって仕方ないクルマなのだ。

RD180
ヴィーマック RD180
 東京アールアンドデーという会社を御存知だろうか。レースファンにはよく知られた会社であろう。この会社が 90 年代半ばから追いかけているのが、60 年代を古き良き時代を彷彿とさせるライトウエイトスポーツカーの開発である。
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NAVI の記事 :
元グランプリドライバー
鈴木亜久里の「全部書いてね」
スポーツカーに乗っている間は、忘れさせてくれる。

NAVI 1998 年 5 月号
カメラマン、北畠主税氏 :
NAVI の紙面を飾るのは、北畠さんの写真。
私はこの時コンタックスを持っていて、その後彼とはコンタックスとオーディオという接点が生まれた。
30 年前の自動車雑誌カーマガジンの編集員だった徳大寺氏 :
ミッションにて復刻された 30 年前の伝説の自動車雑誌、「カーマガジン」の編集員の一人だった徳大寺氏。インターネットでの復刻化により、今蘇る。
金子氏のインタビューで当時のエピソードを語る徳大寺氏の記事は、来月半ば頃に登場です。ご期待ください。
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