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tab_star2001/10/05tab_endLe Mans 24 h
Le Mans 24 h vol.4
連載第四回
 第三回、第四回と、ジャガーの話が多くなるが、それほど 1980 年代にルマンにおけるジャガーの活躍という物が印象深かったといえよう。
文:高橋二朗
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高橋二朗_プロフィール_写真Sicon_home高橋二朗
[フリーランス・モータースポーツ記者]
 編集長の永山氏によってインターネットの世界を知った。あれから 10 年。いまや、インターネットなしには仕事ができないまでになった。再び永山氏がモゾモゾと動き出すというので、長いもの(永山もの)に巻かれることにした。執筆させてもらいつつ、楽しませてもらうことにした。よろしく。
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1988 年に優勝した XJR 9 LM 。ドライバーは
J.ラマース / J.ダンフリーズ / A.ウォレス
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終了後の表彰式にはいつも観客がなだれ込んで来るが、
この年のイギリス人の多さには驚かされた。
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1990 年には、 1 - 2 フィニッシュを飾った。
後ろのクルマは日産車。
ル・マンの主役達 4

ジャガー XJR 9 LM
 2 年間アメリカ製の XJR 5 が参戦した後に本家イギリスから XJR 6 が 1986 年にル・マンに姿を現した。当然その心臓部にはジャガーのアイデンティティーである V 12 エンジンが鎮座ましましていた。 1983 年以来グループ C カーも成熟期には入っていて、その激しいコンペティションに打って出るのにはそれなりの完成度を見せなくてはならなかった。このマシンをデザインしたのは F 1 デザイナーとしても知られるトニー・サウスゲートだ。プロジェクトを指揮したのはドライバーからチームを率い敏腕でその存在を知られたトム・ウォーキンショーだった。

 アイデンティティーであるノーマルアスピレーションの V 12 エンジンはライバル達のコンパクトなターボチャージドエンジンに比べて大きく、そして重かった。しかし、そのエンジンを使わずにほかの方法論を取るのだったらレースに参戦する意味がなかった。

 当初 6.5 リッターのエンジンは、 650 馬力程度を発生していた。ライバルがブーストをちょっとひねっただけで予選で簡単に 800 馬力近くを発生したことから考えると、明らかに非力であった。エンジンに求められた出力目標は 700 馬力。自然吸気であるからこの数値は予選でも決勝でも発揮されるものだった。大きいために場所をとってしまうエンジンでありながら素晴らしいグランドエフェクトを発生させてハイダウンフォースを発揮するマシンをサウスゲートがデザインしてくれた。強大なダウンフォースに耐えるためにタイヤを供給しているダンロップはスタビリティーを上げるために軽量かつ剛性の高いケブラーをベルトに用いたタイヤを開発してくれた。これは、ル・マンのロングストレートに対応したものであることは言うまでもない。

 エンジンの目標出力を実現するために 6.5 リッターのエンジンを 7 リッターまでアップさせて 700 馬力を実現するに至った。その 7 リッターエンジンを積み登場したのが XJR 8 LM であり最終的に XJR 9 LM に至る。ちょっと見 XJR 6 LM と大きな変化はないが細部に渡ってリファインされたマシンに仕上がっていた。

 1986 年から一気にイギリスからの観客が増大した。それは、再びジャガーの栄光の瞬間をその目で見ようというブリトン達だ。決勝日を直前に控えて海峡をフェリーで渡ってきたジャガー車がル・マンの街を走り回った。そして 1988 年にその瞬間はやってきた。実に 31 年ぶりに英国の威信は蘇った。ゴールの午後 4 時までまだ 1 時間もあるのにグランドスタンドからは「ゴッド・セーブ・クイーン」の大合唱。うち振られるユニオンジャック。そしてゴールの直後ホームストレッチは英国人達の宴の場となった。ウイニングバルコニーにウイニングトリオとジョン・イーガン会長が登場するや、その場の雰囲気は最高潮に達した。

 そして 2 年後英国の喜びは再び訪れた。極東からのチャレンジャー日産との死闘を制して 1 - 2 フィニッシュを飾ったのだった。
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1 コーナーから見たグランドスタンド前、
当時はピットウォールさえもなかった。
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現在の最終コーナーから見た大改修を受けたピット設備
Cinema [ Le Mans ] inside 4

 ピット裏にあるチームのモーターホームから狭いピットの通路を通って観客で満員のグランドスタンドから見下ろせるピットへ向かうマイケル・デラニー。デラニーは、ご存知マックウィーンだ。当時のピットはコンクリートの打ちっ放しの決して広いものではなかった。通路からは、木のドアーをあけて、各ピットへ入れた。その通路は細かな砂利が敷かれていて歩く度にザクザクと音をたてた。ピットが狭いのでチームによっては通路にタイヤやパーツ類を置いていて、狭い通路がなおさら歩きにくかった。そして暗いのだ。
 その通路からピットへ出た瞬間に一気に雰囲気が変わり、 24 時間レースの喧噪が演出されていた。映画でなくとも、実際のピットの裏と表では雰囲気が違い、コンクリートの壁をひとつへ立てただけで動と静が分かれていた。取材していても、夜中など喧噪から逃れたいときにはピット裏へ出たことがあったのを記憶している。ましてや、ドライバー達が休息をとるモーターホームなどは遠くで走行するマシンのエキゾーストノートを聞きながらひとときの休息をとる場所となっている。その古きピットエリアーは 1990 年代に入って大改修を受けて近代的な設備を持つ広いピットときれいなゲストラウンジ、その上には使いやすくて巨大なプレスルームが作られた。今となっては昔の”きたない”ピットエリアーが懐かしい。

 毎年 6 月の夏至に近い土曜日から日曜日にかけて行われるこの 24 時間レースは季節からいえば初夏。しかし、年によってはとても暑いこともあり、とても寒いこともあった。この映画の舞台となった 1970 年は寒い年であったように思われる。サーキットに押し寄せる観客の服装、そして主人公達のいでたちでも「寒かったのだろうな」と感じさせる。ヒロインのリサはレーンコートを着っぱなしだし、デラニーも自分のスティントを終えるとコートを着込んだ。リサのボーイフレンドが事故に遭い、慰めているときもデラニーはレーシングスーツの上にコートを羽織っていた。

 映画では、レース途中に雨が降ってきた。この季節、雨が降ることは確率が少ないのだが、たまに長く降ることがある。そうなると本当に寒い。 1995 年に関谷正徳選手が日本人初の優勝を飾った年も雨が長かった。それでも観客は辛抱強くレースを観戦してくれるのだ。それには本当に感心させられる。やはり欧米の人達の身体能力は根本的に東洋人とは違うのだなと思い知らされたことがある。そう言えば、映画の中では夜のシーンは少ない、例のリサとのシーンや、ピットでの作業シーンなどが中心だった。考えてみれば、真っ暗な中で疾走するマシンのライトの軌跡だけを見せてもしょうがないのだ。われわれも、夜はピットでの取材を中心にしながら仮眠を取ったりする。
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ACO
http://www.lemans.org/
ジャガージャパン
ジャガージャパン
http://www.jaguar.co.jp...
ジャガージャパンのオフィシャルホームページ。ジャガーの歴史など。
SUNTORY SATURDAY WAITING BAR(東京 FM)
http://www.avanti-web.c...
1997 年にルマンの話で VividCar 編集長がラジオ出演しています。
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