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tab_star2001/11/30tab_endLe Mans 24 h
Le Mans 24 h vol.5
連載第五回
文:高橋二朗
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高橋二朗_プロフィール_写真Sicon_home高橋二朗
[フリーランス・モータースポーツ記者]
 編集長の永山氏によってインターネットの世界を知った。あれから 10 年。いまや、インターネットなしには仕事ができないまでになった。再び永山氏がモゾモゾと動き出すというので、長いもの(永山もの)に巻かれることにした。執筆させてもらいつつ、楽しませてもらうことにした。よろしく。
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ザウバー C 11 メルセデスが 3 台体制で挑んだ 1991 年のルマンだったが、
惜しくも表彰台に登ることはできなかった
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5 位に入賞した 31 号車は、ミハエル・シューマッハもドライブしていた。
ル・マンの主役達 5

 1982 年のレースに特異なスタイリングをしたマシンが登場した。スイスのレーシングカーコンストラクターが作ったザウバー C 6 だ。現在では F 1 のザウバー・ペトロナスチームで知られるピーター・ザウバーが製作したグループ C カーだった。このザウバーのスポーツプロトタイプカーは、ダイムラー・ベンツの技術者の協力をかなり得て開発されたマシンだった。特にマシンのエアロダイナミクスについては、スケールモデルをベンツの所有するウインドトンネルでテストして開発するほどにこのスイスの小さなコンストラクターとドイツの巨人は親密な関係を築き始めた。

 そして、ベンツの R & D に所属していたエンジニアがやがてザウバーのテクニカルディレクターに就任することになり、メルセデス・ベンツのレーシングエンジンを搭載するザウバー C 7 の開発がスタートする。やがて、ル・マンにザウバー / メルセデスが 1986 年に登場する。そのマシンがザウバー C 8 だった。これは、メルセデスにとっては記念すべきル・マンへのカムバックだった。 1955 年にル・マン最悪の事故が起きてしまった。ストレートを走行中のベンツのマシン同士が接触して一台が観客席に突っ込み観客をなぎ倒し多くの死傷者を出してしまったのだ。それ以来ベンツはル・マンに参加することがなかった。実に 31 年ぶりにザウバーのシャシーにメルセデス・ベンツのエンジンが載ってル・マンにカムバックを果たしたのだった。この年、マシンにはフランスのイブ・サンローランの香水、<クーロス>のカラーリングが施されていた。チーム名も<クーロス・レーシング>としていた。敢えてメルセデス・ベンツの名前を前面には押し出していなかった。翌年の C 9 も同じくクーロス・レーシングの名前でエントリーしたものの、1988 年に世界スポーツカー選手権シリーズに集中してル・マンはスキップした後、1989 年登場した C 9 は、銀一色で、フロントノーズにスリーポインテッドスターをつけたシルバーアローだったのだ。そして、この C 9 は、1952 年にル・マンで勝って以来の優勝を果たすのだった。

 1991 年にもザウバー C 11 メルセデスがレースの主導権を握って勝利へ邁進していた。ところがフロントにマウントされたラジエーターにトラブルが発生、オーバーヒートでリタイヤしてしまった。この時首位を争っていたのがマツダだったのだ。マツダは、ロータリーエンジン独特のサウンドを轟かせてベンツを退けて歴史的な優勝を飾った。
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ディレック・ベル、ジョー・シェファートらと
マシンを前にドライビング談義に加わるマックイーン
Cinema [ Le Mans ] inside 5

 「栄光のル・マン」以降、このレース映画をこえる作品はまだ作られていない。そのスケールの大きさや迫真のシーンは、フィクションでありながら実際のレースであるかのように観るものを引き込んでしまう。主役として出演するだけでなく、マックウィーン自身が深くこの映画の製作に加わったこと、そして彼自身がプロのドライバーと遜色ないドライビングのできる人物で、レースを知っていたことが素晴らしい映画を作らせた。

 現在、このような映画を再び作ることができるだろうか。マシンのラインナップだけを見ても、ポルシェとフェラーリが全面的に協力をしてくれて多くのマシンを貸与してくれている。そして、当時のトップドライバー達が多く協力してくれているのだ。往年のレースファンならその名前を聞いただけで、この顔ぶれのすごさを実感できる、 F 1 でも活躍したジョー・シェファート、若きディレック・ベル、スポーツカーのベテランドライバー、デイビッド・パイパー、舞台となった 1970 年のル・マン勝者のリチャード・アトウッド、ポルシェのテストドライバーでありレーシングドライバーのユルゲン・バルト、ラリーとレースの両方で名を馳せたヴィック・エルフォード、地元フランスで頭角を現していたジャン−ピエール・ジャボウイユ、ジェラール・ラルース、そしてロルフ・シュトメレンやヘルムート・ミューラーなどなど、もう国際的に知られたドライバー達がこの映画に協力し、実際に走行したり、アドバイスを与えてくれた。まったくもって豪華なマシン群、ドライバー達の顔ぶれだとため息が漏れてします。このドライバー達が前面に出てくるのではなくて、裏方としてこの映画のスタッフとなっているというところがまたしても贅沢な映画だと感心させれられてしまう。

 それでも、やはり映画であるから、派手な爆発シーンやクラッシュ、そしてクライマックスではマイケル・デラニーとフェラーリのエース、エリック・スターラーが激しく争い、時には接触しながらゴールを目指す。あのユーノディエールのストレートで、そしてあのスピードでマシンを接触させてしまうのはやはりちょっとやりすぎなのは当然だが、ラストシーンとして観客に緊張感と最後の感動を与える演出としてはあれぐらいは必要なのかもしれない。ちなみに、デラニーは優勝しない。 2 位なのだ。これがまた、格好良いではないか。マシンを降りスターラーと目で会話する二人。男の闘いが終わった。
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SUNTORY SATURDAY WAITING BAR(東京 FM)
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