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ストーンヘンジオートメカニカ
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tab_star2002/12/08tab_endNY ワールドトレードセンター
9月11日、あの日のことを思い出して
書き残したことがあった
一年前、あの瞬間に居合わせた。

ダウンタウンからミドルタウンへの出勤が日課になりつつあった 2001 年 9 月 11 日の 9時。シャワーを浴びているときに最初の爆裂音、つぎは出勤直前にエレベータの前で聞いた肌が震えたような爆裂音。
どこかの工事現場でのガス爆発かと思ったが、あまりの音の大きさに不安は募った。そして、ダウンタウンのアパートから一歩でた途端、街は騒然としていた。

あの場から逃げおおせてその日の午後にオフィスで書きあげた記事を、今あらためて読み直すと、あの時の心情が蘇るとともに、なぜかすべてを語っていない気がしてきた。そしてこうして再びペンを執ると、その理由がすこし見えて来た。
文・写真:永山辰巳
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永山辰巳icon_home永山辰巳
[VividCar 元編集長]
2006年、VividCarはプロフェッショナルなブロガーを目指します。創刊以来5年を迎え、ちまたのブログサイトとは一線を画するVividCarは、ネットワーク知識編纂をビジョンに確実にコンテンツを増やしながら未来のWebBookメディアを開発してきました。私たちはこれをWebフォトジャーナルシステム呼びます。生涯にわたり記録し続け知識を編纂する楽しみをごいっしょに。
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アパートを出てから、ビル崩壊、迷走、そして救出。デジタルカメラが捕らえた一部始終。
報道と実際

 あの日のこと。
 それはどこまで報道で伝わったのだろうか。確かにメディアはショッキングな映像を洪水のように流しだし事実をありのままに伝えようとしたのだろう。私は、事件から三時間後、命からがらミドルタウンのオフィスに辿り着いた。そこで初めて事のすべてを知ったのだ。オフィスでは皆が自分の PC でインターネット経由の動画による報道、マンハッタン周辺のアマチュアカメラマンの映像を通じて知った。
 インターネットを通じて大量の情報が流れていることに驚きつつも、そのまさかの映像、ビルに旅客機が突っ込んだ映像を見たことで、麻酔を打たれたように精神が麻痺していくような錯覚に陥っていった。
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住んでいたウォール街の裏手のアパート。
この前の道を右に行くか左に行くかで私の人生が変わった。もし、いつものように右に向い地下鉄のウォール街駅からミドルタウンに通勤したら、命を落としたかもしれない。
あの日の記憶をまさぐってみると

 ビルの倒壊以後は、生き延びることに必至だった。それ以上のことを考える余裕はなかったように思えるが、実は状況を知る情報が全くないので、もう一つのビルが崩れたらバッテリパークから海へ飛び込むかどうかを考えている自分に情けなくなった。
 情報の時代に生きてきて、情報が全くなくなると意外とあっさり自分の人生を諦めるような気持ちになるものかと思ったりもした。

 バッテリパークの突端、フェリー乗り場から消防船に救出されて、14 丁目の波止場に着くと、それからは放心状態で歩きながら「ほんとうにあの現場から逃げおおせたんだろうか?」と自問自答した。いったいどんな経験をしたんだろうと。数キロ先のオフィスを目指し歩きながら道々、たくさんの人がうなだれ、悲しみ、泣きじゃくり、そこには絶望の淵に立つ人々の重苦しい表情しかなかった。

 ところがその日の夕方頃になると、事実や被害が確認されるにつれて、テロへの報復が囁きだされた。次第に論調は、国威発動となり戦争へ向かわせる挑発的な発言へと変わり、その雰囲気はまたたく間に広まった。
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この夜が一番恐かったかもしれない。
事件後二日後にアパートに戻り、眠れない一晩を過ごした。ウォール街にはほとんど人は居なかった。
多くのアメリカ人は

 私のオフィスには、コンピュータエンジニア、学者などが中心のホワイトカラーで人種もまぁまぁ混在していた。事件当初、「戦争なのか?」との議論には、皆一応に望んでいない気持ちが支配的だった。ところが、メディアが、「報復、立ち上がれアメリカ」を大合唱し始めると、反戦ムードは消えてしまった。

 というのも、気心の知れ合った仲間同士ですら「この状況下で反戦を言えるか」といった半ば恐怖感に近いものだった。私が、「報復すればまた攻撃されるだけだ、別の解決策を考えないと」と言うと、皆、無言で背を向けて去っていってしまった。
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老舗のピザ屋で。「戦争か、外交か」そんな話をしながらピザを食べた。
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夜のレストランは変わらずに。
これには多少ニューヨーカーの生活事情もある。
ほとんどの人々は外食が中心であり、自宅で料理を作る人は、マンハッタンでは少数派である。
戦争を避ける方法

 事件後二日後、14 丁目の職場からダウンタウンのアパートまで徒歩で帰った夜のことだ。暗くなると危険だということで 17 時前にはオフィスをでた。以前のレポート記事「現地レポート第 2報」でも書いているが、あの時、14 丁目からチャイナタウンまでの間のレストラン街を通るときに信じられない光景に出逢った。

 学校、会社が休みとなって、家族連れで早めの夕食をとる人々、そして公園では子供と親達がはしゃいでいる。わずか数キロ先でいったい何千人が亡くなったか分からないというのに。メディアは、必死の救出と多数のボランティアが駆けつけていることを伝えていた。だが、目と鼻の先のレストラン街は大盛況で、夜も以前にもまして人通りが激しい。友人のアメリカ人に、「喪に服す」という言葉はないのか?と聞くと、「アメリカ人はこういうとき家の中にジッとしていると気持ちが壊れてしまうので、恐ろしいときは家の外で発散しないと危険なんだ」と。

 はなやかなレストラン街を過ぎて寂しくなりかけたところで、老舗のピザ屋でひっそりと夕食を取ることにした。
 ピザを食べながら、「なぁ、報復戦争はよい解決策とは思えないよね」と聞くと、友人は、「大多数のアメリカ人は、報復戦争で問題が解決するとは思っていないよ。だけど我慢がならないんだ。この雰囲気を辰巳に理解して貰うのは難しいかもしれないが、私も、報復戦争自体は無意味だと思うが、今この時点では無意味じゃないんだ。それに、この雰囲気で、報復戦争を否定すれば大げさかもしれないが自分のことはもちろんのこと家族の身も心配になる。最終的にバカなことをするのは、アメリカ人だから」。
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NY のレストラン評価で最高と言われるオイスターバー。わずか 20 人程度しか入れない。
うねりの中で

誰しもが一人の人間の力では抑えきれない、うねりのような波動の中に飲み込まれるのだろう。アメリカは本土で戦争が起こるパニックの中で、「立ち上がれアメリカ」を大合唱して報復戦争に突っ走った。だがそのことの是非を、今当時を思い出すと白黒はっきりと言い切れないのである。あの日の悲惨な現場と音と臭いを思い出すと、心に現れ出るのは「怒り」でしかない。

対立する側と違うのは、その「憤り」を何も変わらない日常で、仕事をしながらレストランで食事をしながら、まるで普通の政治論議のようにすることであろう。

世界を変えることができるのは、情報だけかも知れない。膨大な情報こそが、狂信的な先導者から理性を取り戻す唯一の方法なのかもしれない。
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