 |  |  | | | 英国人とフェラーリ | | 英国人とフェラーリ vol.1,2,3 |  | 頑丈で頼りになる英国の伝統的なイメージを表している車はロールス・ロイスやベントレーかもしれないけれど、多くの英国人はイタリアの赤のフェラーリにあこがれを抱いている。キャバリーノ・ランパンテ(跳ね馬)のエンブレムは、単なるステイタスシンボルや富の象徴ではなく、もはや伝説。 だから、フェラーリのオーナーは、このようなすばらしい車を運転する喜びを味わうだけでなく、この有名なイタリアの車メーカーの伝説や、レースの歴史にも積極的にかかわっていく。
|  | Written by Sue SKINNER Photo by Paul JARMYN
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|  |  |  |  |  |  | スー・スキナー [ジャーナリスト/英国在住] |  |  |  | | 私の夢はフェラーリを所有することでした。1988 年に私は 308 GTB QV を 4 年落ちで手に入れました。そしてもっと車のことを知り、他のオーナー達にも会いたいと思い、フェラーリオーナーズクラブに入会。以来、何百回もイベントに参加し、クラブでの活動を楽しんでいます。1994 年に、英国フェラーリオーナーズクラブの運営委員会に参加。委員会に女性のメンバーが入るのは初めてであり、現在に至っても私が唯一の女性の運営委員です。 |  |
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 |  |  | 英国の情熱
フェラーリの楽しみ方は実に様々。この車を買う人の数だけ多様な楽しみ方がある。フェラーリオーナーの典型的なイメージは、成功したビジネスマンであったり、映画スター、貴族。そして最近は、有名なスポーツ選手だったりする。(特にサッカーのマンチェスター・ユナイテッドの選手の多くがフェラーリを所有していることは英国では有名な話)でも実際には、英国ではフェラーリのオーナーはとても広範囲に分布していて、社会的な地位も様々である。 オーナーは必ずしも、車を何台もコレクションしているお金持ちとは限らないし、何年もの間必死で働いた結果、フェラーリを買うという自分の夢を達成出来た人たちが数多くいる。 一度その夢が叶うと、オーナー達はずーっとフェラーリを所有し続ける。買い替える人もいるし、生涯一台のフェラーリで満足する人も。
フェラーリは、エンツォ・フェラーリによって作られてそして伝説になったのはご存じの通り。初期のモデルは、サーキットやミッレ・ミリアやツール・ド・フランス、もしくは南アメリカのテンポラーダ・ロードレースなどの公道での競争に対応するデザインだった。レース面での成功は、最初はフロント・エンジンだったグランプリとル・マン車から始まって、その後にリア・エンジンバージョン、そしてアメリカのレース用にカンナム車と他のモデルに広がっていった。 1988 年にエンツォ・フェラーリが亡くなってからもフェラーリはそのレースの伝統を守っていて、この数年、グランプリカーが再び成功を収め、 2000 年のワールドチャンピオンシップのダブルタイトル獲得でフェラーリの伝説は最高潮に達したのは記憶に新しい。あと日本ではあまり知られていないようだけど、最近レースからは引退した 333SP の開発は耐久レースでの成功ももたらした。
初期の時代から、フェラーリはロードカーも作っていた。最初の頃、それらの車をフェラーリは金持ちや名士に売って、その費用をレースカーの開発費に当てていた。その頃は一つのモデルにつき数台のみ生産されただけで、時には、車体が別の製作会社で作られていることもあったという。 今でも、フェラーリの生産台数は年間 4,000 台以下で、その内の 400 台が英国で売られている。(なんと英国の方がイタリアよりも売れている)。(編集部:イタリアよりも英国で売れていることには驚かないが、英国で総数の 10% が売れているというのは驚いた。) 興味深いのは、フェラーリが40周年を迎えたとき、フェラーリが 1947 年に車を作り始めてからその時点までの生産台数よりもポルシェのその年 1 年の生産台数の方が多かったこと。つまり、なかなかフェラーリを目にする機会がないのは当然のこと。今現在、英国には約 5,000 〜 6,000 台のフェラーリがあると言われていて、多くはロンドンと英国の南西部に集中している。しかし、英国全土のどの地域にもフェラーリは棲息しているのだ。 |
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 |  |  |  |  | 250 GT ルッソ 1996 年にイギリスに持ち込まれるまでスイスに あった。 元オーナーの 1 人はモータージャーナリストの Adiano Limarosti 氏。ブロートン城で 1999 年 に開催された FOC コンクールにて |  |
 |  | 275 GT スパイダー ノーサンプトン州、アシュビー城の庭園で 2000 年に開催された FOC コンクールにて。 わずか 19 台のみ生産された RHD の 1 台 |  |
 |  | メンバーの保有車。 F355 や 365 。 ノーサンプトン州、アシュビー城の庭園で 2000 年に開催された FOC コンクールにて。
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|  |  | 英国のフェラーリオーナーズクラブ
英国のフェラーリオーナーズクラブに所属するには、フェラーリを所有しているか、もしくは所有した経験者でなければならない規定がある。 現在クラブのメンバーは約 2,500 人で、その中にはフェラーリを 2 台以上所有している人もいる。また、オーナーズ・クラブの中には「プランシング・ホース・レジスター」という部門があり、ここはフェラーリをまだ所有していないエンスージアスト達が登録している。その数は 400 人以上にのぼる。 クラブメンバーが所有しているフェラーリは、ほとんどが最近の V8 車で、 308 、 328 、 348 、 355 、 360 と F40 といったモデル。昔の車よりもこれらの車の方が生産台数もずっと多いから。でも、ここのメンバーは、珍しいプロトタイプやレアなレースカーや、ロードカーなど、すべての種類のフェラーリを所有していて、初期の 166 バルケッタや 1962 年製の 250 GTO などはよくクラブのイベントに参加している。
フェラーリのオーナーの中にはフェラーリを所有するだけで満足していて、ガレージで見ているだけで、ほとんど運転しない人も当然いる。そうかと思えば、車の状態とオリジナリティが評価されるコンクールで競い合うのを楽しんでいる人もいる。このコンクールではすべてのディテールが完璧で、車のどの部分にもちりやほこりがない完全な車が要求される。コンクールイベントに出場する車は通常、オーナーやスペシャリストが何時間もかけて入念な準備をする。 フェラーリオーナーズクラブの毎年恒例のコンクールの水準はかなり高い。だけど他にも国内コンクールで、さらに水準が高いものもある。ホィールは取り外して完全にクリーニングされ、レザーの座席、カーペット、そして他のトリムはレストアされる場合がある。オーナーによっては、完璧に近い点を取るために一部のパーツを取り替える人までいる。審査員は、エキゾーストパイプから、ラジエター、そしてエンジンのすべてのパーツ、塗装からインテリアにいたるまで、車のすべての部分をチェックして審査する。
コンクールで優勝している車は、ほとんどが、ずっとガレージにおきっぱなしで、運転されないことの方が多い。でも、オーナーズクラブは、コンクールに出場する車をイベント会場まで運転してくるように定めている。 コンクールではたいていが大邸宅か、城の敷地で行われていて、オーナーズクラブは、コンクールに出場するだけでなく、自分の車を使用することを強く勧めている。だからこそクラブでは、年間 3,200 キロを走行した車にはクラス毎に特別賞を設けている。 そして、それに優勝するオーナーは、クラブのサーキット走行会に熱心に参加する人だったりする。
ユニークなところでは、クラブの女性オーナーの審査員が、家に持って帰りたいと思う車を選ぶという賞があり、スペシャルカップが授けられること。このクラブのコンクールは、何百人というオーナーが年に一度、皆で集まるイベントで、おもしろい車や、自動車関連のアイテムなどの展示もあり、午後には英国特有の、ストロベリーとクリームがふるまわれてとても上品な社交の場となる。
次ページでは「走りと楽しみ方」を紹介したい。 |
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|  |  |  |  | FERRARI 308GTB クワトロヴァルボーレ [1984年式] 1988 年に手に入れた現在の所有車 |  |
 |  | |  |  |  |  | コンプリートアングラー スー氏の会合、取材に使われた。ロンドンから見て西側からのミートポイントしては、ロンドン市内に入らないために便利。
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