 |  |  | | | スパ・フランコルシャン | | スパ・フランコルシャン |  | | アルファ、フェラーリ、マセラティという伝説的な車が一同に会して歴史的なスパ・フランコルシャンのレース場でレースを行う。これこそが 2001 年 4 月の終わりに行われたスパ・フェラーリ・デイズのエッセンス。この 4 日間に渡る国際的なイベントの間、ドライバーやチームはベルギーの西のアルデンヌの谷沿いに 7 キロに渡って続くスリリングなスパ・フランコルシャンのレーストラックを思う存分楽しむ。 |  | 文:Sue Skinner 写真:* Paul Jarmyn ** Sue Skinner
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|  |  |  |  |  |  | スー・スキナー [ジャーナリスト/英国在住] |  |  |  | | 私の夢はフェラーリを所有することでした。1988 年に私は 308 GTB QV を 4 年落ちで手に入れました。そしてもっと車のことを知り、他のオーナー達にも会いたいと思い、フェラーリオーナーズクラブに入会。以来、何百回もイベントに参加し、クラブでの活動を楽しんでいます。1994 年に、英国フェラーリオーナーズクラブの運営委員会に参加。委員会に女性のメンバーが入るのは初めてであり、現在に至っても私が唯一の女性の運営委員です。 |  |
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 |  |  |  |  | この車は1932 年製のアルファロメオ 8C 。 出場車の中で最も古い車だったにもかかわ らず、レースでは好成績をあげた。(**) |  |
 |  | ヨーロッパウェスト フェラーリ 360 レースのスタート(*) |  |
|  |  |  | 伝説が一同に会する時
若いレーシングドライバーでチームのマネージャーでもあったジャック・スワターズが F2 500 のフェラーリをイタリアの工場から持ち込んでからそろそろ 50 年の月日が流れようとしている。これがベルギーで跳ね馬、そして世界でもっとも古いフェラーリのインポーターであるガレージ・フランコルシャン社の人気が勃発したきっかけだった。
今年は 1932 年製のアルファ 8C モンツァから最新のフェラーリ 360 モデナ・チャレンジカーまでのイタリア車が完全に出揃った感がある。スパでは 3 つのチャレンジレースシリーズが開催され、それぞれレースは 2 回づつ行われる。新しいフェラーリはクラス A クラブレースに出場し、近年、そして現在のレーシングカーはクラス B レースに出場する。これには UK ピレーリ・マラネロ・チャレンジのコンペティター達も含まれる。ピレーリ・マラネロ・チャレンジレースは特集記事としてご紹介する予定だし、360 チャレンジについてはビビッドカーでの私の次の記事で詳しくお伝え出来ると思う。 |
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 |  |  |  |  | いち早く会場に到着したヒストリックカーの フェラーリ 750 スペチアーレ。(**) |  |
 |  | レース輸送車から降ろされてすぐのフェラーリ 712 CAN-AM 。1970 年初頭のレースで活躍した。(**) |  |
|  |  | ヒストリックカーでの激しいレース
シェル・ヒストリック・フェラーリ・マセラティ・チャレンジは 3 つのクラスに分かれている。グリッド A はフロントエンジン・シングルシーターの車で 1939 年から 1940 年迄に作られたスクーデリア・アルファロメオやマセラティ、1948 年/ 1949 年以降に作られたフェラーリがそれに該当する。グリッド B の車は GT とスポーツプロトタイプでドラムブレーキのもの。グリッド C は同じような車でディスクブレーキのものという区分けである。
これらのヒストリック・チャレンジレースの成功の要因はひとえにオーナーとドライバーの情熱によるところが大きい。その情熱故にこのレースは非常に競争が激しい。バークハード・ファン・シェンクが 250 F で両方のラウンドを制しマセラティが A グループレースを 2 つ独占した。グループ B のコンテストでもバーンド・ハーネが 450 S で両方のレースをリードし再びマセラティが栄光を手にし、アメリカ人のウィリアム・ビニーの 300 S がフェラーリでは最上位だった 250 GT ベルリネッタに乗っていたスイス人ドライバーのプリニオ・ハースを追い越して 3 位を獲得した。
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 |  |  |  | ヒストリック・チャレンジレースの グループ A に出場する車。(**) |  |
 |  | 1937 年のマセラティ 6 CM が 1956 年マセラティ 250 F を追い抜いた。(*) |  |
|  |  |  | 土曜日クラス C ヒストリック・チャレンジ
週末の間、雨が降ったりやんだりの天気でレース毎に天候が違うだけでなく、コース内でもコンディションが様々。土曜日のクラス C のヒストリック・チャレンジに出場する車は大雨で滑りやすい路面で苦労を強いられていた。そのため非常にパワフルな車が「バスストップ」と呼ばれているシケインをブレーキングしながら競り合うすばらしい光景を見ることが出来た。中でも 365 GTB 4 コンペティツィオーネ デイトナがもっとも光っていた。 しかしながらレース自体はデビッド・フランクリンの運転する有名な 712 CAN-AM が優勝し、2 位は元イクスとラガツォーニの 312 P を運転したウィリアム・ビニーという結果だった。ジーン・ギーカスのル・マン 512 S は電気系統のトラブルのため予選で 20 位と出遅れたが、最初の 1 周目の終わりには 5 位につけ、フェラーリドライバーが 3 人表彰台に揃うことが出来た。 |
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 |  |  |  |  | 路面がドライの時には最速ラップをたたき出し たが、ウェットになり 2 位に終わった。(*) |  |
|  |  | 日曜日クラス C ヒストリック・チャレンジ
日曜日のクラス C レースでは雨がやんでコースが乾いていたが、レースは終始競り合いが続くエキサイティングなものだった。すばらしい追い越しをかけたカルロス・モンテヴェルデのデイトナが、アーノルド・メイアーの同型車を抜いて 5 位のポジションを獲得。激しいレースの結果、ピーター・ハードマンがディーノ 246 S で 4 位を獲得したが、今回はクリスチャン・グラセルの 312 P がフランクリンとビニーの車をペースで上回り、波乱のヒストリック・チャレンジ・レースを制した。
ヨーロッパ大陸から集まった様々なフェラーリは、かなり目を引く存在で、数多くの種類のフェラーリを目にする絶好の機会となった。現在のモデルは当然のことながら、魅力的な 246 ディーノのような V 8 エンジンの昔の車も数多く展示された。見事な F 50 と F 40 が数台 12 気筒のエンジンを搭載した 512 やテスタロッサ、そしてベルリネッタ・ボクサーの間に置いてある。フロントエンジンの V 12 デイトナも数台あり、ステキな黄色い 275 ツインカムやさらに古い車も見かけた。 また、私たちの車と同じ1961 年型の 250 GTE や 365 GTC 、330 GTC と 330 GT 2+2 も数台あった。でも、たいていの場合、車の周りは常に人だかりで、なかなか車の全貌を見ることが出来ない。ピットでは、緑のヨーロッパ・ピニン・ファリーナ・クーペと赤の 250 GT ツール・ド・フランスの 2 台が美しく並んで展示されていた。このフランスの有名なモーターレースの名前を冠した車は、今回 4 台がヒストリック・チャレンジレースのクラス B に出場していた。 |
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 |  |  |  | 雨が止み、新旧フェラーリを見学しに 駐車場にぞくぞくと人が出てきた。(**) |  |
|  |  |  | フェラーリの社交場
スパでの週末はフェラーリや、他の古くからあるイタリアンメーカーの車に興味ある人達にとって重要な社交の場でもある。ヨーロッパ周辺に住むフェラーリの愛好者達はもちろんのこと、ヨーロッパのクラブに所属するオーナー達も数多く訪れ、レーシングチームなどとの交流を楽しむ。土曜日の夜の祝賀会は、スパ・フランコルシャンの畏敬の念を起こさせるようなオー・ルージュ・コーナーの脇にあるレストランで行われた。そこでは恵まれない子供のためのチャリティオークションも行われ、ルーベンス・バリチェロとジャッキー・イクスのレーススーツなどもオークションにかけられた。
月曜日の朝は神々しい朝日が、スパ・フランコルシャンでの自由走行を楽しもうとやってきたフェラーリドライバー達を出迎えてくれた。もの凄いレースを観戦し、7 キロに及ぶサーキットを歩き回った後で元レーシングドライバーの友人の運転する 348 tb に同乗してサーキットを走るのは、今回の滞在を締めくくるにふさわしい、すばらしいエンディングとなった。 |
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 |  |  |  |  | 晴天の下、サーキットに出ようと 列を作って待つフェラーリ。(**) |  |
|  |  | 最終日には
日曜日には、現在のフェラーリの第一人者であるジャック・スワターズも同席してスパの記念碑に花輪を捧げた。また、週末のレースは惜しくも先日事故で亡くなった F1 パイロットだったミケーレ・アルボレートに捧げるものになった。彼は先日、 2001 年度のル・マン 24 時間レースのためにアウディの R 8 スポーツプロトタイプに試乗中に事故でこの世を去ってしまった。このことはレースで戦う者達にとって常に潜んでいる危険性を確認させられる事件となった。特にヒストリックカーは、視界が十分に確保されてほかのドライバーが見えやすいという利点があるが、安全性が今の車ほど強化されていない。しかしながら、この場にいた誰もが、当日スパ・フランコルシャンで目にしたすばらしい車、チャレンジレースで走行した車のエンジンのわくわくするような音、そして熱気を生涯の思い出として忘れることは無いに違いない。 |
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|  |  |  |  |  | スパ・フランコルシャン・サーキット http://www.skyland.be/f... スパ・フランコルシャン・サーキット。F1 のベルギー GP で使われるこのサーキットは、一周が 6.968 km で、F1 決勝では、44 周走るため、その走行距離は 306.592 km にもなる。オー・ルージュという、下りから登りにかかる有名なブラインド・コ ーナーがある。オフィシャルサイトは、サーキットの歴史などがあるが、レース についは、1997 年から更新されていないようだ。 |  |
 |  | |  |  | 男なら遊びもこだわる 六本木にある大人の遊び場をご紹介します。自動車小物が大好きな人、見逃せないお店です。
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 | オー・ルージュ・コーナー :
|  |  |  | 世界中のサーキットの中でも名所中の名所といわれるコーナー。 コーナー直後に上り坂が控えているので、アクセル全開でブラインドコーナーに飛び込む度胸が必要。 |  |
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