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tab_star2003/01/21tab_endLe Mans 24 h
もう1つのルマン Vol.1
近代的な耐久レースの始まり
(編集部より)
実はこのVividCar.comの原点は、ルマン 24 時間レース。ルマンのインターネットプジェクトに参加していたメンバーを中心にスタートしたのです。今でもVividCarは東京モーターショーとルマンにはこだわりを持っています。そのルマンプロジェクトの中心メンバーだった高橋二朗さんの 2003 年のルマンコラム集をお楽しみください。

文:高橋二朗
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高橋二朗_プロフィール_写真Sicon_home高橋二朗
[フリーランス・モータースポーツ記者]
 編集長の永山氏によってインターネットの世界を知った。あれから 10 年。いまや、インターネットなしには仕事ができないまでになった。再び永山氏がモゾモゾと動き出すというので、長いもの(永山もの)に巻かれることにした。執筆させてもらいつつ、楽しませてもらうことにした。よろしく。
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1998年のスタートシーン
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最終コーナーからグランドスタンド前を望む。
長時間露光による光跡。
耐久レースの代名詞

 耐久レースの代名詞の様に言われてきたル・マン 24 時間レース。モータースポーツにあまり興味のない方々でも「ル・マン」の名だけは耳にした方が多いと思う。フランス・パリから南西に約 250 キロのところにあるサルテ州の州都ル・マン。この田舎町で初のフランスグランプリが開催されたのが 1906 年のことだった。そして、この町を舞台にしたモータースポーツイベントは 24 時間レースへとスタイルを変えて 1923 年から現在に至っている。
 しかし、このレースが日本人に直接的な関係を持ち始めるのは 1970 年代からのこと。日本から初めてこのイベントに参加したのが 1973 年だったのだ。極東の端っこからヨーロッパへ向けてプライベートチームが果敢にチャレンジした。その後 10 年以上して日本の自動車メーカーがこぞって参加し始めることになる。そのきっかけとなったのが 1980 年代に耐久選手権のレギュレーションが大きく変わったことによる。それまで、無制限に使用できたレース中の燃料が、レース距離によって使用量規定が加えられたのだ。つまり、レースは燃費走行を強いられることとなったのだ。日本の自動車メーカーは、新時代の燃費レースを「先行開発」として参加するための大義名分とした。耐久レースに参加するマシンのカテゴリーは、グループ C という。そしてレース中に使用できる燃料量によってグループ C とグループ C ジュニアに分かれた。やがて呼称がグループ C1 とグループ C2 となって 24 時間レースで C1 が使える最大量が 2,550 リッター、 C2 が 1,650 リッターだった。
 さて、この 1980 年代から近代耐久レース、スポーツカーレースが再び脚光を浴びることになる。世界耐久選手権レースが行われることとなり、そのハイライトイベントがこのル・マン 24 時間レースだったと言ってよい。しかし、それまでの全開走行で 24 時間を走破するレースに比較して「燃費」を考えながらの走行は、当初一部のファンからは不評であったのも事実。だが、それも新レギュレーションが施行されてすぐ翌年からそれまでの平均時速と走破距離を上回る性能を発揮するマシンの登場によってレースの面白さは損なわれることなくなった。
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ピットインして給油を行うメルセデス
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ピットからテレメトリーを監視し、無線でドライバーに指示を与える
新時代の燃料レース

 近代の耐久レースは、 [燃費] がキーポイントとなったことは前に記した。これは、新たなゲームの [しばり] でもあり、レースを行うための重要な大義名分だった。だんだんと環境問題などが表面化しつつあり、燃料を垂れ流すように使うレース、それも耐久レースではレースを行うための意義が必要とされたのだった。
 昔から耐久レースは、自動車メーカーの絶好の宣伝メディアであり、この [燃費] レースは、新たな自社製マシンの優秀性をアピールするのにとても良い場となったのだった。しかし、 1950 年代や 1960 年代のように市販車とレースに参加しているマシンがごく近かったのと違い、近代の耐久レースではプロトタイプ = 試作車のスポーツカーで闘われるようになってきた。だから選手権レースの名称も世界耐久(エンデュランス)選手権世界スポーツプロトタイプカー選手権シリーズへ変更されていった。
 レースはマシン、ドライバー、チームの総合力が勝敗を左右するのはスプリントレースでも耐久も同じだが、 1980 年代以降の耐久レースでは、走行中のマシンとドライバーをサポートする現場でのチーム体制がものすごく重要になってきた。C1 クラスの場合、 24 時間レースでは 2,550 リッターの燃料を使うことができる。燃料タンクのキャパシティーが 100 リッターだからスタート時に満タン状態であれば、レース中に 2,450 リッターを使うことができ、ピットインまでに燃料を使い切ったとして 25 回のピットインを行うことができる。使えるものは最大限に使って走ることが基本であり、ピットインして作業を行う時間も計算に含めル・マンでは 40 分くらいで 1 回ピットインして給油するのが通常だった。逆に言えば 40 分走行する内に 100 リッターを使い切る走行を行えばよいのだ。その走行状況を無線でマシンからピットのコンピュータに飛ばしてリアルタイムでスタッフがチェック、作戦を立てながら逐次ドライバーに指示してエンジン回転数を指示してレースを進めるようになっていったのだ。走行中にはハードウエアーのすべてがピットで把握できるようになり、ドライバー以上にマシンのことをエンジニア達がチェックできるようになっていた。
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ジャガーの 7 リッター V12エンジン
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ルマンには、英国のファンも多く詰めかける。
マシンの開発

 グループ C カーのレギュレーションは、マシンのサイズとレース中に使用できる燃料の量を規定した以外は「縛り」はなかった。この範囲内でレースエンジニア達、デザイナー達がその頭脳を酷使してマシンを作り上げていったのだった。いち早くこのグループ C カーを作り上げてこのレギュレーションの施行と同時にトップコンテンダーとなったポルシェに代表されるようなターボチャージドエンジンをマウントしたグランドエフェクトカーがこのシリーズに参加するマシンのコンベンショナルなスタイルとなった。世界各地からル・マンを目指すメーカーもポルシェと同じようなコンビネーションを持つマシンを設計して持ち込んできた。
 しかし、このレギュレーションはユニークなアプローチを見せたマシンの登場も生み出した。それは、パワーではターボカーに劣勢と判断されていた自然吸気エンジンつまり、ターボチャージャーを使わない強制吸気の装置を持たないノーマルアスピレーテッドエンジンを搭載したマシン、それもオーバーオールのコンペティションにも参加できる競争力を持ったマシンの登場を実現させたのだった。
 ポルシェなどのターボチャージドエンジンはだいたい 700 馬力を発生させていた。予選ブーストでは当然のようにもっと出力を上げていたが、決勝の燃費走行を考えるとその程度のパワーとなってしまっていたのだ。このターボエンジンに対抗するためには大排気量のノーマルアスピレーテッドエンジンが必要となってくるのは当然だった。だが、そのエンジンを有する世界的に有名なメーカーが存在していた。
 それは、イギリスのジャガーだった。このメーカーの持つ V 12 エンジンは、 6.3 リッターから始まり、 6.5 、そして 7 リッターへと排気量をアップされて競争力を高めていった。最終的にはこのエンジンの出力はターボチャージドエンジンのそれに遜色ないものとなっていた。実にターボを付けたエンジンの倍の排気量を有することで肩を並べられることになったのだ。日本から参加していたトヨタの 3 S - GT の約 3 倍近くの排気量を有していた。
 レースに勝つためのパッケージを最初から組み立てるアプローチをするのがレーシングカーを作る課程においては極普通の形だが、ジャガーのアプローチはこれと正反対に自分の持つ「この V 12 エンジンを使って勝てるマシンを作れ」という大号令の下にマシン作りが行われた例だった。実にエンジンだけ(クラッチを含む)で 250 キロという重さがあるこのエンジンをミッドにマウントしたマシンのリヤカウルが外されるとそこにはリヤセクションいっぱいのエンジンが現れる。また、 V バンクの間には懐かしさすら感じてしまうエアーファンネルが 12 本立っているのだ。そしてだ、このエンジンはレーシングエンジンの代名詞である 4 バルブ、ダブルオーバーヘッドカムシャフト( DOHC )ではない。 OHV つまりエンジンヘッドに一本のカムシャフトのみを持ち、バルブは吸気と排気一本ずつ。郷愁を感じてしまうエンジンを最新のレーシングテクノロジーが包みマシンを構成している。グループ C カーのレギュレーションが生み出した妙といえる。
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JAGUAR_XJR_SJAGUAR XJR
PORSCHE_911 Targa_SPORSCHE 911 Targa
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ACO
http://www.lemans.org/
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http://www.nissan.co.jp...
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