 |  |  | | | ポミリアーノの街を歩く | |  | 人口わずか 4 万人弱のポミリアーノ・ダルコ。工場の従業員の多くはここで暮らしている。 今回は、前回のアルファ工場編に続いて、ポミリアーノ・ダルコの街中をご案内いたします。 |  | 写真・文:渡辺修宏
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|  |  |  |  |  |  | 渡辺修宏 [会社員(イタリア・ローマ在住)] |  |  |  | | Ciao a tutti ! 現地でしか得られないレアなイタリア車情報 (!?) を紹介したいと思っています。よろしくお願いします。 |  |
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 |  |  | 街には想像したとおり「 Viale Alfa Romeo 」アルファロメオ通りが存在している。一般的にはアルファロメオ・ミュージアムのある、アレーゼの Viale Alfa Romeo が有名だが、こちらのアルファロメオ通りも負けてはいられない ?!
松が植えられた並木道を歩いていく。車線の半分を埋める路上駐車の列には最近はなかなかお目にかかれなくなった旧型アルファロメオがちらほら。
156 や 147 などの新型に混ざって、さながらショールーム兼ミュージアムのようである。 |
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 |  | 車に意識が向いていて気付くのがおくれたが、まわりを見渡してみる。すると、あるわ、あるわ、 ALFA の文字。 「アルファ洋菓子店」「アルファ薬局」「アルファバール」「ホテル・クワドリフォリオ」「クワドリフォリオ不動産」とアルファや、関連した看板をかかげている店が軒を並べている。
期待しつつ、アルファ洋菓子店とアルファバールに入ってみたが、特別メニューや名物菓子があるわけではなかった。せっかくなので、ナポリ風のドロリと濃いエスプレッソを美味しく頂いた。観光客が誰も来ないせいか、アルファロメオと街が自然に溶け合っていた。 |
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 |  |  |  | | 街中にアルファや関連したお店の名前があふれてます ! |  |
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 |  | そして、メインストリートをはずれて歩くこと 30 分。ふと気付いたのは、街のあちらこちらにボンネットが開いた車を見かけること。 よくよく見てみると、それらはデンティスタ(歯科医院)の診察椅子に座らせられた患者の如く、メカニコ(修理工場)の前で口を開けて待っている車たち。
近年、反グローバルのデモ集会をあちこちで展開しているイタリア国民。彼らの抵抗むなしく、イタリア全体で見れば、グローバリゼーションの波にゆっくり、いや急速に (?!) 飲み込まれつつある。 自動車業界も例外でなく、販売、アフターサービス網の再構築が進んでいる。メーカー直営の最新設備の整備工場を併設した、全面ガラス張りの大型ディーラーが郊外に相次いで建設されている。 もちろん車自体も世界基準の進歩に合わすべく、搭載される電子制御部品の点数は増える一方。 結果、昔かたぎの職人整備士は町工場を閉めざるを得なくなってきている。そんな新聞記事をどこかで読んだのを思い出していた。
しかし、このポミリアーノの街角にはメカニコがたくさん残っており、どこも繁盛しているようだ。ここに古い車が多く存在し続けている理由があった。 「もう長いつきあいだからね、まめに見てもらってる」「彼は私の 75 のことならなんでも知ってるよ」話しかけた老紳士が語ってくれた。近所に一件、なじみのメカニコ。あぁ、これが古き良きイタリア車との付き合い方なんだなぁと、つくづく身にしみる今日この頃・・・ |
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 |  | すべてはここから、〜サンタンティモ〜
ここはサンタンティモ(ワインで有名なトスカーナのサンタンティモではありませんよ〜)。 ポミリアーノ・ダルコから西へ 20 キロにある、小さな田舎街。 なにを隠そう、あの我らが L'ing. ニコラ・ロメオは今から 128 年前の 1876 年 4 月 18 日、ここに誕生し、幼少時代を過ごしたのが、ここサンタンティモなのだ。
ナポリとベルギー東部の都市リエージュで基礎工学、電気工学を学んだ後、彼は技術者、企業家としてのサクセスストーリーを進んで行くのであった。
街の中心にあるサンタンティモ教会から歩いて 2 分。気をつけて歩いていないと、通り過ぎてしまうくらいのなんてことのない、小さな建物が彼の生家。
その功績を評し、壁面には二枚の記念碑が埋め込められている。ひとつは 1926 年に国から贈られた元老院議員の称号を記念したもの、もうひとつはアルファロメオ創立 75 周年を祝っての感謝の意を示したものである。
この 75 周年にあわせてデビューしたのが 75 。うんうん、納得。 |
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 |  | 記念碑を写真に収めつつ、上を見上げて読んでいると、ロメオ家の遠い親戚だと名乗る老人が現れた。
老人:「君はアルファロメオが好きなのか?」 私 :「はい、なので今日は一度、彼の生まれ故郷をこの目で見てみたいとやってきました」 老人:「そうか、そうか、遠い所からよく来たな」 老人:「ここがニコラが生まれた家だぞ、ここに書いてあるのわかるか?」 私 :「はい、わかります(そりゃあんたの喋ってることがわかるんだから読めるでしょ !! )」 老人:「まさにイタリアの、わしらの誇りじゃな」 老人:「こんな話もあるくらいじゃ、あのヘンリー・フォードはアルファロメオ車が目の前を通り過ぎる度に帽子を取って敬意を示していたそうだぞ」 私 :「そうですね、偉大な方が作った車ですからね」
老人は味のある強いナポリ弁で話してくれた。ニコラ・ロメオもこの街で育った少年時代にはこのような話し方だったのだろうか・・・
「ありがとう、おじいさん」「今度はアルファロメオに乗ってやってきたいなぁ」と呟きながら、街を後にした。
今回は一風変わったアルファロメオツアーを決行。生粋のアルフィスタの貴方、是非訪れて下さい。きっとレアなアルファロメオの世界に感動できることでしょう。 |  |  |  |  |  |  |
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|  |  |  |  | |  |  |  |  | 水を得たヘビ達 最新のアルファロメオが 40 台も筑波サーキットに集まるという。それはアルファロメオの正規ディーラー「チェッカーモータース」が開催した、ファミリー&スポーツ走行会であった。
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 |  | |  |  | アルファロメオの歴史 私がジュリア・スーパーに乗り始めてもうすぐ 1 年。通っているショップに出入りする先輩に協力してもらって、ジュリア系アルファロメオの魅力とショップ・戦前から続くアルファロメオの歴史を紹介します。
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