 |  |  | | | エアストリーム | |  | | 大恐慌時代に生まれた銀色のアメリカンドリーム |  | 選・文:山口 淳 撮影:四宮義博 撮影協力:AIRSTREAM JAPAN.INC.
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|  |  |  |  |  |  | 山口 淳 [ライター] |  |  |  | | 北欧のミッドセンチュリーの頃の椅子やプロダクトに魅せられて、かれこれ 10 年になる。縁あって、雑誌『太陽』の北欧デザイン紀行特集(2000 年 12 月号)の手伝いをしたことがきっかけで、2001 年には池袋コミュニティカレッジの「北欧インテリア入門」という講座の講師を引き受けるという貴重な体験もさせていただいた。正直、後者については、慣れないおしゃべりに加え、体系的に勉強したわけではないので馬脚をさらすのではないかと冷や汗ものだったが、この度、その特集と講座がベースとなった書籍『太陽レクチャーブック 003 北欧インテリア・デザイン』(平凡社)という本が刊行された。主要執筆者は、僕を除けば、島崎信さん、柏木博さん、織田憲嗣さんといった北欧やデザインの優れた識者、論客ばかりで、北欧デザインに興味のある人にとっての格好な入門書に仕上がっている。ご高覧いただければ、幸いである。 |  |
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 |  |  | エアストリームとの出会い
かれこれ 10 年ほど前に、仕事でアメリカ西海岸のサンタクルーズからパームスプリングスの少し先のサルトンシーまで、クルマでひたすら SPA 巡りをしたことがある。山奥の秘湯めいたものから、こちらのアメリカの SPA 事情の思いこみを覆す混浴素っ裸系、ローカルな銭湯ライクな SPA まで、短期間で実にバラエティに富んだ SPA 巡りをしたのだが、道中、キャンプ地のあちこちで、時にはなにもない砂漠のような場所でトレーラーハウスをみかけた。そして、その無数の出会ったトレーラーハウスのなかで群を抜いて美しく目を引いたのがエアストリームだった。 航空機の機体を思わせるエアロダイナミックなスタイル。リベット止めされたアルミニウムの眩いばかりの輝き。その威風堂々とした姿は、それまでも映画や写真、あるいは旅先で幾度となく目にはしていたが、その時ほど頻繁に見たのは、初めて。とくに美しい夕日を受け銀色に輝く何 10 台ものエアストリームが一直線に並ぶ姿に遭遇した時などは、その光景の圧巻に息を呑み、思わず車を止めただただその姿を眺め呆けたものであった。少々、大袈裟な物言いをすれば、その時僕はエアストリームというプロダクトに、ずっとアメリカに抱き続けていた豊かでおおらかな開拓精神に富んだイメージそのものを見ていたのかもしれない。
旅から戻って、エアストリームについて少し、調べてみて驚いた。エアストリームというとその姿とイメージから漠然と 50,60 年代生まれのプロダクトと思いこんでいたのだが、それより四半世紀近くも前のものだったと分かったからだ。 |
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 |  | エアストリームの誕生
数年前、グリーンアロー出版社から「エアストリームブック銀色の幌馬車」(仙波喜代子著)という本が出版された。この書籍、エアストリームに興味のある人にとって、必見の労作で、丹念にエアストリームの誕生と普及の軌跡をたくさんの写真入りで紹介している。
その誕生の下りを、以下、ダイジェストでかいつまんで紹介すると、エアストリームの生みの親ワリー・バイアムが、雑誌の記事に触発されトレーラーハウスの試作を始めたのは、 1920 年代後半であったようだ。 少年時代、祖父の手伝いで幼い羊飼いとして小さな幌馬車を住居代わりに働き、大学へ進学するための資金稼ぎで 10 代の後半、船員として 3 年間働いたというユニークな経歴もその決意を後押ししたのだろう。 当時、広告業界、出版業界でそれなりに成功を収めつつあったバイアムは、トレーラーハウスの魅力とその可能性に取り憑かれ、 1930 年、遂にフルタイムでこの事業に取り組み始める。 彼が最初に最も力を注いだのは外殻の材質の研究、試作であった。そして、合板、メゾナイトといった素材での試行錯誤を経て、彼が辿り着いたのが当時、航空機に使用されていたアルミニウムだったという。 トレーラーの内部の構造は彼の少年時代の幌馬車生活の経験をベースに最新のウォーターポンプ、アイスボックス、ガスコンロを採用するなど様々な工夫やアイデアが盛り込まれた。 そして、エアストリームにとって決定的ともいえる、そのスタイリングは、バイアムがあの大西洋単独飛行に成功したリンドバーグのスピリット オブ セントルイス号の製作関係者で航空機製造の技術をトレーラーハウスに応用するアイデアを思いついた元航空機会社の工場長ウィリィアム・ H ・バウラスという人物から、そのアイデアを譲られたことにあったという。 こうして、 1936 年、エアストリームのファーストモデルといえる「クリッパー」が誕生する・・・。 |
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 |  | 30 年代のアメリカ
ところで、僕がさきほど驚いたと書いたのは、その 36 年に発売されたクリッパーが、 1200 ドルという当時としては相当強気の価格に関わらず、生産が追いつかないほど注文が殺到したという事実にであった。考えてもみて欲しい。アメリカの 30 年代といえば、あのジョン・フォードの「タバコロード」やウォーカー・エバンスが南部の貧困の実体を写真におさめた、大不況の頃である。あの時代に高価なトレーラーハウスが売れるというのは、ちょっと不思議な気がしないでもないが、これはある意味、物事を一面的に捉えると大きな誤解を生むという裏返しでもある。 アメリカの 30 年代は、一般的には大貧困、大不況の時代といわれ、そのことに確かに間違いはないのだが、しかし、一方で、大衆のアメリカンドリームに対しての憧れが大きく膨らみ、アメリカの逞しさ、したたかさを印象づけた時代でもあるからだ。 実際、最高級のクラブやレストランへ脚を運ぶハリウッドのスター達の華やかな生活がこれほど大々的にメディアで取り上げられたのは、この時代をおいて他にはないし、 20 年代アール・デコの象徴として語られることの多いニューヨークの摩天楼が完成したのも実際には 30 年代である。 贅沢な企画、仕様の雑誌の創刊もこの時期、相次いでいる。レイモンド・ローウィがスターデザイナーとして君臨し、マシンエイジと呼ばれる一時代がクライマックスを迎えるのも同じ頃である。また、ニューディール政策の一貫として進められた芸術的事業からは、その後のアメリカの写真、芸術文化を代表する才能の多くが育っている。戦後、訪れたアメリカの我が世の春は、実はこの最悪の時代に多くの布石が打たれていたともいえるのである。 エアストリームの当時の爆発的人気も、もしかしたら、これまでのアメリカの 30 年代=救いようがない大不況時代というイメージを捨て去る象徴的現象として語られるべきものなのかもしれない。 10 年前、僕はエアストリームについて調べモノをしたとき、そんなことを考えた覚えがある。そして、その後、アメリカのプロダクトや文化について調べたり、読んだりすることで、その仮説に今は大きな自信を深めてもいる。そして、機会があれば、いつかそのことについて詳しく書いてみたいと思ってもいる。それは、あまり好感を持てない現在のアメリカへの消極的アンチテーゼにもきっとなりうるだろう・・・。 いやはや話が少々、脱線してしまった。 |
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 |  |  |  | | トレーラーは CLASSIC,SAFARI,BAMBI,INTERNATIONAL がラインナップ。 |  |
 |  | | LAND YACHT と呼ばれる自走式のモデルも存在する。 |  |
|  |  |  | 起死回生のキャラバン
さて、 30 年代にレクリエーショナル・ビークルの嚆矢として大いに歓迎され、次代の布石を打っていたエアストリームは、戦時生産局によって戦中戦後後しばらく生産が中止されるが、本格的に活動を再開後すぐの 51 年にバイアムが打った起死回生のアイデアにより、再びその息を吹き返す。 バイアムが取った作戦は元広告業界に身を置いた彼ならではの一石二鳥のキャンペーンだった。 50 人のエアストリームキャラバン隊を結成したバイアムは、西部大開拓時代の幌馬車よろしくアメリカを旅しながら、エアーストリームの素晴らしさを売り込むとともに返す刀でトレーラーハウスを駐車できるキャンプ地を確保する運動を開始したのである。 その後、ワリー・バイアム・キャラバンクラブ( WBCC )と名付けられ、世界中に飛び出したこのキャラバン隊は、 60 年代には戦後の豊かなベビーブーマー達がエアストリームに飛びつく礎を築き、現在はワリー・バイアム・キャラバンクラブ・インターナショナル( WBCCI )として発展、世界中にエアストリーム同好の輪を広げている。 |
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 |  |  |  |  | | AIRSTREAM JAPAN.INC. に展示されているビンテージの BAMBI 。 |  |
 |  | | 写真の青いプレートには自転車でエアストリームを引く絵が。 |  |
|  |  | 親子 4 代のエアストリーマー
この WBCCI に入会すると、様々な特典があるが、エアストリーマーにとって最大のイベントは、エアストリーマーたちが一堂に集うインターナショナルラリーであろう。時には 3,000 台以上のエアストリームが全米から集まる、このイベントはいかにこのトレーラーハウスがアメリカ人に今なお愛されているかを痛感させてくれる。 ちなみに、 WBCCI に一度、加盟するとエアストリームを乗り換えても会員番号は変わらない。聞けば、親子 4 代で、同じ番号を使っている筋金入りのエアストリーマー一家もいるという。 また、 25 年以上前の古いエアストリームオーナーたちだけが入会を許される、ヴィンテージ・エアストリーム・クラブなる好事家ばかりが集まったマニアックなクラブも存在するそうだ。
そういえば、 10 年前に西海岸を縦断したときにも、ポンコツにしか見えないかなり年季の入ったエアストリームを何台も見かけたが、もしかしたらあの何台かはそのエアストリームエンスーご自慢のヴィンテージだったのかもしれない。
問い合わせ先: ● AIRSTREAM JAPAN.INC. TEL:048-481-6462 |
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