 |  |  | | | ルノア スウィングホーン | | ルノアの創業とドイツ眼鏡 |  | ワールドカップイヤーの今年。6 月になるとドイツ月間と呼んでも良いぐらいTV画面からドイツの町並みを見る機会も多いでしょう。ヨーロッパの不変性は国によって様々な個性があります。そしてそれはベンツ、アウディ、BMW といった自動車にも見られるように、厳格なゲルマン民族が産み出した精密なプロダクトにも発揮されています。今、あらためてドイツのプロダクトをご紹介した 2004 年の記事を再刊します。インターネット上で進化する情報の蓄積と、10 年後も同じ目線で読める情報の蓄積があるとすれば、間違いなく後者にあたる記事です。 (編集長) |  | 選・文:山口 淳 撮影:四宮義博 撮影協力:グローブスペックス
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|  |  |  |  |  |  | 山口 淳 [ライター] |  |  |  | | 北欧のミッドセンチュリーの頃の椅子やプロダクトに魅せられて、かれこれ 10 年になる。縁あって、雑誌『太陽』の北欧デザイン紀行特集(2000 年 12 月号)の手伝いをしたことがきっかけで、2001 年には池袋コミュニティカレッジの「北欧インテリア入門」という講座の講師を引き受けるという貴重な体験もさせていただいた。正直、後者については、慣れないおしゃべりに加え、体系的に勉強したわけではないので馬脚をさらすのではないかと冷や汗ものだったが、この度、その特集と講座がベースとなった書籍『太陽レクチャーブック 003 北欧インテリア・デザイン』(平凡社)という本が刊行された。主要執筆者は、僕を除けば、島崎信さん、柏木博さん、織田憲嗣さんといった北欧やデザインの優れた識者、論客ばかりで、北欧デザインに興味のある人にとっての格好な入門書に仕上がっている。ご高覧いただければ、幸いである。 |  |
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 |  |  |  |  |  | | スクエアタイプ。品番 37 番。アンティークシルバー仕上げ。 |  |
 |  | | バッファローホーンは、黒から透き通る様な薄いベージュまで、天然素材ならではのカラーバリエーションがある。独特の温かみや透明感なども魅力。 |  |
|  |  | ドイツを代表するプロダクト
ドイツを代表するプロダクトというと、クルマ以外では、ライカ、ミノックスのカメラ、ここ数年でランゲ&ゾーネを筆頭に再評価されるようになった機械式時計、リモアの鞄、モンブラン、ロットリングの筆記具、ブラウンの家電、モノのカトラリーなど、いわゆる工業製品を誰しもが連想する。これらのドイツプロダクトに、ほぼ一貫しているのは、その時にオーバースペックともいえる高い品質とあくまで機能美を良しとするデザインフィロソフィーである。そこから読みとれるのは、ゲルマン民族特有の勤勉さ、完璧主義、厳格さ。工業大国としての矜持。そして、20 世紀のプロダクトデザイン黎明期に決定的な役割を果たしたデザイン学校バウハウスからの影響である。その持ち味は、ある種、身体感覚的な快楽志向がモノづくりやデザインに反映するイタリアとは対極にあるといっていいかもしれない。
そして、もうひとつ、近年のドイツプロダクトを語るうえで、忘れてはならないジャンルがある。アイウエア、つまり眼鏡である。パッと思い浮かぶだけでも、ルノア、ウォルフガング・プロクシュ、ic!-berlin、ルーメン、フロイデンハウス、ライツなど、ここ数年のドイツ系眼鏡(系としたのは、すべてが純粋な made in Germany というわけではないため)の活躍には、目を見張るものがある。なかでも、その品質の高さと独自のデザインアプローチで、玄人筋からも高く評価されているのが、ゲルノット・リンドナー(以下、デザイナーでもあるので、流儀上、敬称は省略させていただく)率いるルノアである。 |
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 |  |  |  | | ダブルブリッジの片方が、稼働性で鼻パッドの役割を果たしている。 |  |
 |  | | ラウンドタイプ。品番 32 番。アンティークゴールド仕上げ。 |  |
|  |  |  | ルノアが別格扱いされる理由
ルノアの創業は 1992 年。まだ設立して、10 数年しかたっていない歴史の浅い、新参メーカーである。しかし、アンティークフレームに触発されて生まれる独創的なデザイン・構造といい、精度の極めて高い品質といい、新素材や新技術をひっさげ彗星のように現れた新星というのではなく、モノ作りに独特の深みと重みが漂っている。なかでもリンドナーが創業前に半ば道楽で試作したといわれる、テンプルがスライドする 18 世紀のリーディンググラスに触発されて誕生した金無垢の初代モデル ルノア I や鼻パッド部分に独創的な工夫を凝らしたスィングなどは、好事家垂涎の逸品で、素材を置き換えたり、様々な玉型との組み合わせで、量産化、シリーズ化され、現在も同ブランドを代表するロングセラーとなっている。
このルノアの特異な持ち味は、オーナー兼デザイナーであるリンドナーの卓越した発想力と眼鏡全般における知識、そして、そのキャリアに負うところが大きい。というのも、実は、このリンドナーは、世界最大の光学メーカー アメリカン・オプティカルで数々の要職を務めてきた人で、いわば眼鏡業界の重鎮のひとり。しかも、アンティークフレームの世界的コレクターにして、眼鏡史や眼鏡に関する専門書なども執筆している博覧強記の人物なのである。つまりルノアは、その彼の古今東西の豊富な専門知識とデザイン上の発想の元となる無数の個人コレクション、さらに恵まれたキャリア。すべてが注ぎ込まれたコレクションというわけなのである。才色兼備のブランドがしのぎを削るドイツ勢のなかでも、ルノアが別格扱いされる理由も主にそこにある。 |
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 |  | ドイツ眼鏡の歴史的経緯
しかし、先にあげた現在のドイツを代表する眼鏡ブランドのほとんども、ルノア同様、歴史の浅いものばかり。なぜ、ここにきてドイツの眼鏡なのか。いや、逆になぜ、これまで工業大国であるドイツで、ことこの領域に限って、名メーカー、有名ブランドの名をあまり聞くことがなかったのだろう・・・。
たぶん多少、眼鏡に深い関心のある方で、40 代以上の方であれば、そんなはずはない、ドイツはかつて眼鏡の分野でも多くの有名専業メーカー、ブランドを擁していたではないか、と即座に反論されることだろう。そう、かつてドイツは、世界に冠たる眼鏡大国だった。ところがある時期から、ドイツ眼鏡は迷走の時代に入り、あっという間にその輝きを失ってしまったという、歴史的経緯がある。そのあたりの事情を数年前、来日したゲルノット・リンドナーの口から僕はある雑誌の取材のために説明を受けたことがある。当時のメモと記憶を頼りにその時の会話の概要を再現してみると、こんな具合になる(以下、「」部分がリンドナー氏の発言)。
◇◆◇ 「ドイツは、ご存知のように優れた工業製品を数多く、輩出している。古くはゾーリンゲンの刃物があるし、クルマ、筆記具、精密機器など、それは枚挙にいとまがないほどといっていいい。また、ドイツプロダクトと一口に言っても実に様々な個性がある。クルマでいえば、メルセデス、ポルシェ、フォルクスワーゲン、そして BMW など、皆、優れた品質と着想、独自のデザイン哲学を備えている。カメラにしたところでそうだろう。ライカのようなメーカーもあれば、ミノックスのような特殊なカメラを得意とするメーカーもある。品質に優れているだけでなく、それぞれが極めてオリジナルの発想とそれを実現するデザイン言語を持っているのだ」
確かに、50〜70 年代には、日本でもローデンストックなどドイツのブランドが、そのズバ抜けた品質で、人気があったようです。「そう間違いなく、ドイツの眼鏡は 60 年代まで、その圧倒的な品質で、我が家の春を謳歌していた。君がいう、ローデンストックはまさにその代表格だったが、他にも、メッツラー、カール・ツァイス、マールヴィッツハウザー、メンラドなど優れた専業ブランドが、沢山あった」
お隣のオーストリアは、どうだったんですか?「キューヒホック、ウィルヘルマンといったよいメーカーがあった。いずれも良い眼鏡を作っていた。シルエットとオプチルも忘れるわけにはいかない。」
それらは、皆、俗に言うブランド眼鏡ではなく、専業メーカーばかりですね。「そう。かつて眼鏡メーカーは、機能的な良い眼鏡を作っていれば、良かったんだが、60 年代後半頃から、思わぬ伏兵が現れ、その鉄壁の牙城が崩されることになったのだ。君のいう、ブランド眼鏡の登場はその象徴的なものだよ。つまり、眼鏡に実用性以外の、ファッション性、イメージ、デザインが求められるようになったんだ。そして、そのブランドバリューとアパレルとの共存が、機能、実用性を、ある時期から凌駕するようになる。デザインさえ良ければ、品質は 2 の次、3 の次でも売れるという、マーケット上の変化が起こりはじめたんだ。そして、70 年代後半には、アパレルブランドとのタイアップから生まれたライセンス眼鏡が主流になり、品質と機能優先のドイツ眼鏡は凋落していったんだ」
聞くところによると、70 年代後半から、ダンヒルやディオールなどが台頭。このふたつは、オプチル(アイメトリクスを開発したウィルヘルム・アンガーが作った会社。彼は、当時プラスチック素材の領域においてセルロイドやアセテートを凌駕するといわれたほオプチル素材を発明した)素材を使うなど、ブランドバリュー以外にも、品質・素材の面でも新しかったようですが、その後のライセンスブランド乱発の引き金にもなったようですね。そして、アラン・ミクリの登場で、ドイツの凋落は決定的になりました。 「・・・・・。ドイツ眼鏡とは持ち味の異なる優れたブランドに対して、ドイツが有効な対抗策を持たなかったことも確かに問題だったかもしれない。ただ、最も深刻だったのは、ファッション性に重きを置く眼鏡の出現が、デザイナーブランドの盲信に繋がり、もっとも大切な品質についての配慮がおざなりになって粗悪なライセンスブランド氾濫に繋がってしまったことだったのだ」
今はまた専業ブランド、ハウスブランドといった品質に優れたものが見直されてきています。それに、アパレルブランドの眼鏡も既製部品を組み合わせただけの安易なアッセンブルにロゴをつけた、かつての粗悪なライセンス物とは明らかに異なり、独自のモノ作りやデザイン性を重視した眼鏡に移行してきています。その意味では、単純にかつてのクオリティコンシャスな眼鏡の見直しというわけではなく、眼鏡市場全体が、より成熟した市場になってきたのではないか、という印象があります。「君のいう通りだろう。私のルノアもそうだし、多くのドイツの眼鏡が品質と機能だけでなく、デザイン、構造上の新しい発想やファッション性も加味した眼鏡に取り組むようになったといえるだろう。ただ、ことドイツブランドに限っていえば、そもそも我々はあの偉大なバウハウスの子供達でね。デザイン民度ももともと極めて高いのだよ。ただ、ドイツ人はデザインは、あくまで表層的なものでなく、もっと根元的な構造や機能とシンクロして生まれるものだととらえている。一見すると、デザインコンシャスに見える眼鏡でも、ドイツの眼鏡にはちゃんと裏付けがあるものが多く、単純にデザインの奇抜さや面白さだけで、作られている物はあまりないはずだよ。そのことだけは忘れないで欲しい」
◇◆◇
確かに、革新的蝶番のない眼鏡を考案した ic!-berlin にしろ、モードよりと認知されてるプロクシュやライツにしろ、ドイツの新世代の眼鏡には、デザイン・トレンド性と品質・アイデアを、破綻無く両立させたものが多い。もし、品質だけが飛び抜けていた旧世代とデザイン的にも見るものが多い新生代のドイツ眼鏡とに線引きが出来るとすれば、そこに集約できるかもしれない・・・。 |
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